平成28(2016)年度「展覧会・文化財を見てきました。」

4月17日
奈良国立博物館
 特別展 国宝信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝
(4月9日~5月22日)
 国宝・信貴山縁起絵巻3巻を全巻全期間公開。平安時代末期の絵巻の傑作の、絵師の筆遣い、描かれた人物の息遣いを通じて開示される生き生きとした霊験譚を、間近にじっくりと鑑賞。行者(命蓮)、飛鉢、護法童子と、聖俗をつなぐ接点に生じた信仰のリアリティを実感。金銅鉢(重文)の、命連聖遺物としての信仰史の重さも、絵巻とともに並べる展示手法によって提示。別室には国宝・粉河寺縁起絵巻、国宝・地獄草紙も並び、奈良博が後白河法皇の宝蔵化。眼福。ほか、朝護孫子寺伝来文化財のほか、円快作聖徳太子童形坐像(法隆寺・重文)、行円作笙(彦根城博物館)など、総量は少ないがバラエティある資料を集める。信貴山縁起3巻は、混雑対策のため一室を広々と使用して展示するも、まだ行列なく快適。図録あり(248頁、2100円)。

4月23日
東寺宝物館
 特別公開 東寺の天部像-守りと祈りのかたち-
(3月20日~5月25日)
 盗難により失われた、国宝・兜跋毘沙門天立像持物宝塔の復原記念公開。珍海筆白描聖天像、覚禅抄、別尊雑記と、中世末~近世期の仏像・仏画により構成。あわせて西院御影堂安置の秘仏不動明王坐像の天蓋(国宝)を展示。飛天(供養菩薩)の伸びやかな動きに見とれる。リーフレットあり。

龍谷ミュージアム
 水 神秘のかたち
(4月9日~5月29日)
 水にまつわる信仰を背景とする聖なる造形のさまざまと、水をモチーフとした芸術表象を集約する。竹生島・天河・江ノ島・厳島の弁才天信仰、長谷寺式十一面観音、住吉神の信仰や、法華経と龍にまつわる信仰を仏像・神像・仏画・縁起・工芸等で示すとともに、浄土・蓬莱山・竜宮、あるいは寺社の景観図から、聖地と水の親和性を明示する。法隆寺善女龍王立像(重文)や龍王坐像、金剛峯寺水神像(重文)、倶利伽羅龍剣(重文)、奈良博春日龍珠箱(重文)、楽田寺善女龍王像など、龍の美術が充実。成合春日神社の雨乞い祭具の龍は、頭部のみ中世の龍頭の転用。金剛寺日月山水図屏風をじっくり独り占めして鑑賞。眼福。図録あり(216ページ、2400円)。

京都国立博物館
 特別展 臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念 禅-心をかたちに-
(4月12日~5月22日)
 臨済禅・黄檗禅の思想・信仰・芸術を、新館全てを利用して一所に集約する。冒頭より、達磨・慧能・臨済義玄・明庵栄西・円爾・無準師範・蘭渓道隆・無学祖元・無関普門・無本覚心・宗峰妙超・南浦紹明・虚堂智愚・関山慧玄・夢窓疎石・寂室元光・春屋妙葩・無文元選・愚中周及・一休宗純・隠元隆琦と、祖師図・頂相と、それら高僧ゆかりの品をずらりと並べ、継承された法流を体感させるとともに、法灯継承の時間の流れをも可視化する。ほか、戦国期~近世の臨済禅の普及、白隠などの禅画、禅宗の仏像仏画、唐物や障壁画など盛りだくさん。鹿王院十大弟子立像(鎌倉時代)、方広寺宝冠釈迦如来および両脇侍坐像(感応3年〔1352〕、院吉・院広・院遵作)をじっくり。図録あり(466ページ、3000円)。

萬福寺文華殿
 特別展 中国臨済宗黄檗法派歴代祖師図展
(4月20日~5月31日)
 寺蔵の祖師図などを展観。古祖師図は明暦3年(1657)、隠元隆琦の題・序あり。来日時に持ってきたもの。喜多元規筆密運円悟・費隠通容・隠元隆琦像は、隠元の題あり。ほか、狩野探幽筆・隠元隆琦題の釈迦・文殊・普賢像、達磨・臨済・徳山図など。図録なし。

5月2日
東京藝術大学大学美術館
 アフガニスタン特別企画展 素心 バーミヤン大仏天井壁画-流出文化財とともに-
(4月12日~6月19日)
 アフガニスタンの内戦により流出し日本国内で保護された「文化財難民」と、バーミヤン東大仏天蓋部の太陽神壁画を復原して公開。フォラディ石窟、バーミヤン石窟の壁画片、ハッダ他の仏像片、ベグラムのガラス器、カピサの石仏など。太陽神壁画は、臨場感ある見事な復原で、バーミヤンの現地に立ったような感慨を受けるとともに、偉大な文化遺産を失った喪失感に包まれる。共同体の記憶である文化財(文化遺産)を守ること、取り戻すことの意味を、心に強く訴えかける意義ある展示。図録に相当するものとして『アフガニスタン流出文化財報告書-保護から返還へ-』(152ページ)が、流出文化財保護日本委員会への1000円以上の寄附で入手可能。

 藝大コレクション展-春の名品選-
(4月2日~5月8日)
 恒例、春の名品選。バラエティーに富む作品群がずらり。月光菩薩坐像(奈良時代)、浄瑠璃寺吉祥天厨子絵(建暦2〔1212〕)、小野雪見御幸絵巻(鎌倉時代)、繍仏裂(白鳳時代)をしっかり見る。図録なし。

東京国立博物館
 特集 平成28年 新指定 国宝・重要文化財
(4月19日~5月8日)
 吉例、新指定文化財展。本館8室・11室に分けて、広々と展示。浄山寺地蔵菩薩立像、尊延寺降三世軍荼利明王立像、京博十大弟子立像、汾陽寺仏涅槃図、大宝院弘法大師像といった初めて見る資料に心躍るのが、新指定展の醍醐味。和歌山関連として、法住寺不動明王坐像(天野社伝来)、大日山35号墳出土品、紀伊国井上本庄絵図もチェック。新指定文化財の目録あり。

 特別展 黄金のアフガニスタン-守りぬかれたシルクロードの秘宝-
(4月12日~6月19日)
 内戦による混乱の際に“秘密の隠し場所”に避難させて守られた、アフガニスタン国立博物館の重要資料が表慶館に並ぶ。ティリヤ・テペ出土の膨大な金製品、王城ベグラム出土の象牙製品などずらり。ティリヤ・テペ4号墳出土のインド・メダイヨンは、表に獅子、裏に転法輪を転がす人物を表した、紀元前1世紀のメダル。そのモチーフから最古の釈迦像かといわれるもの。展示の最後に、アフガニスタン流出文化財をのうちアイ・ハヌム出土のゼウス神像左足断片、バーミヤン石窟の壁画片など展示。図録あり(260ページ、2500円)。

 特別展 生誕150年 黒田清輝-日本近代絵画の巨匠-
(3月23日~5月15日)
 生誕150年記念の、決定版黒田清輝大回顧展。《読書》《夫人像(厨房)》《湖畔》《智・感・情》《寺島宗則像》《野辺》など代表作を時系列に並べ(《智・感・情》だけ最終室に拝殿状の特別な空間を設けて展示)、デッサン、習作、同時期の関連作品を配して文脈を構築して各作品の意義を明確にする、正統派美術史展示。東文研から東博に移管された黒田記念館の資料をフル活用しつつ、国内美術館等の資料を集めるとともに、オルセー美術館からコラン《フロレアル》、ルパージュ《干し草》、ミレー《羊飼いの少女》が特別出品。図録あり(316ページ、2500円)。レゾネ的な資料集として重宝しそう。

5月6日
法界寺・恵福寺
 平成28年度春期京都非公開文化財特別公開
(4月29日~5月8日)
 法界寺境内薬師堂安置の秘仏本尊薬師如来像(重文)の御開帳に馳せ参じる。永承6年(1051)同寺創建時の像。厨子左側面扉のみの開放で正面からは拝せないものの、着衣部に施された精緻な截金文様は十分確認できる。脇侍の二菩薩は鎌倉時代。同堂内の十二神将立像(重文)と同時期のもののよう。阿弥陀堂も久しぶりに拝観。恵福寺は本堂内の平安時代後期の丈六地蔵菩薩坐像と、かつて子院に安置された仏像群の公開。
 拝観後、山へ分け入り、鴨長明方丈石見学。傍らに明和9年(1772)の「長明方丈石」碑あり。撰文は儒者巌垣彦明、書は岡部長啓。この両人の撰・書による「妓王妓女仏刀自之旧跡」碑が祇王寺にあるもよう。名所旧跡復興運動の痕跡。日野地区の産土社萱尾神社も参拝。本殿は慶安5年(1652)建立。京都市指定。

平等院ミュージアム鳳翔館
 特別展 伝帝釈天立像台座四天王像初公開 平等院の護法神-すがたを変えたほとけたち-
(3月26日~6月12日)
 伝帝釈天立像(平安時代)の台座四隅に立つ中世の神将形像に着目して公開。4躯のうち1躯は江戸時代。本来四天王でなく、十二神将などを転用した可能性を指摘。ほか、観音堂厨子扉絵二天像(木村徳応筆)など。鳳凰堂内拝観は行列で諦める。

5月15日
和泉市久保惣記念美術館
 和泉市制施行60周年記年事業 久保惣セレクション 祈りの美術-日本の書画と工芸品-
(4月8日~5月22日)
 館蔵品の中から信仰に関する優品を選んで展観する。胎蔵界八葉院曼荼羅刻出龕(重文)、宝篋印陀羅尼経(伏見天皇宸翰、重文)、弘安2年(1279)書写の胎蔵旧図様、山王霊験記絵巻(重文)、弘法大師行状絵巻など。弘法大師行状絵巻は東寺観智院旧蔵で、東寺本大師行状絵巻と同図様のもの。詞書の筆者(空性法親王、近衞前久、近衞信伊、船橋秀賢など)から、慶長期かそれ以前の制作と分かる。青磁鳳凰耳花生銘万声(国宝)も特別出陳中。図録なし。

和泉市いずみの国歴史館
 特別展 刀-時代小説に登場する名刀たち-
(4月9日~5月29日)
 時代小説を切り口として、作中に登場する著名な刀工の作刀を、23口を集める。和泉守国貞、河内守国助、近江守助直、備前長船清光、大和守安定、文殊重国、和泉守兼定、青江弘次など。あわせて刀装具、拵も展示。パンフレットあり(12ページ)。

5月18日
和歌山市立博物館
 特別陳列 徳川吉宗と紀州の明君
(4月16日~5月29日)
 吉宗将軍就任300年記念展。紀伊徳川家の「明君」(「天意人望」に迎えられたと認識されていた君主)として初代頼宣、5代吉宗、9代治貞を紹介。近世紀伊藩の藩政・文芸に関する豊富な収蔵品をフル活用。吉宗筆鳩図、祇園南海筆冬景山水図、赤坂御庭図画帖、李梅渓父母帖、桑山玉洲雲鶴清暁図、本居宣長像等々。図録なし。
 
5月21日
大阪市立美術館
 特別展 王羲之から空海へ-日中の名筆 漢字とかなの競演-
(4月12日~5月22日)
 書聖王羲之(303~361)の書法(王法)の受容と展開を中心とした日中書道史展示。国内の諸家・名刹・諸機関から優品をずらり集め、台湾の故宮博物院・何創時書法藝術基金会からも特別出品。中国書道史は王羲之の十七帖、楽毅論、蘭亭序、集王聖教序が並んだ後に、王献子・智永・歐陽詢・チョ遂良・顔真卿(以上隋~唐代)、蔡襄・蘇軾・黄庭堅・米フツ(以上宋代)以下、元・明・清の書家の作品がずらり。日本書道史は、奈良~平安期の写経から、空海・小野道風・藤原佐理・藤原行成以下、慈雲・白隠・良寛まで幅広く展示。圧巻。図録あり(B4判・360ページ・5000円)。

大阪歴史博物館
 特集展示 平成24・25・26年度大阪市の新指定文化財
(4月13日~6月13日)
 近年の大阪市指定文化財を、実物とパネルで紹介。今宮戎神社の大型の神像2躯は、1躯が烏帽子・束帯姿の趺坐像、もう1躯が烏帽子・狩衣姿で袖を肩までまくり、片足を踏み下げる像。両像作風が通じ、鎌倉時代後期の一具の作例。現状、前者が戎神、後者が三郎殿と称されているが、後者もまた釣り竿・鯛を持つよく知られたエビス図像に近いと言える。注目されるのは足を踏み下げたエビス像の面貌で、笑みを浮かべた眼をくっきり二重に表し、開口して上下の歯を見せ、頬にはえくぼを表している。同様の表情は鎌倉期女神像にも見られ、のちに女面の表現に引き継がれる。笑相の神の、定型的な表現である可能性がある。ほか、源聖寺地蔵菩薩立像は鎌倉時代の作例とのことだが、内刳りのない一木造で、平安時代の体型や衣紋表現。面貌表現がライティングの加減でもひとつ分からず消化不良。リーフレットあり(8ページ)。

 開館15周年記念特別展 近代大阪職人図鑑-ものづくりのものがたり-
(4月29日~6月20日)
 幕末から近代の大阪で、時代の変化に翻弄されつつ活動しながらも、アカデミックにおける評価の狭間にあって長く歴史の中に埋もれていた職人・工芸家(アルチザン)について、大阪歴史博物館の長年の研究と再評価によって見出された作品群(根付・人形・刀剣・刀装具・漆器・竹細工・木製自在置物・銅器・陶器等々)によって紹介する。山﨑朝雲・松本喜三郎・安本亀八・逸見東洋・月山貞一・池田隆雄・後藤一乗・吉田至永・村上盛之・田辺竹雲斎・前田竹房斎・穐山竹林斎・正阿弥勝義・川島織物・日本蒔絵合資会社・高尾銅器・藪明山・三砂良哉・三好木屑等々…。必見。図録あり(152ページ、2700円)。

6月26日
彦根城博物館
 テーマ展 千変万化 美しき水の意匠
(6月24日~7月26日)
 館蔵品を中心に、水をモチーフとした意匠のバリエーションを、流水、滝、波、青海波、荒磯、蓮池に分けて紹介。我宿蒔絵硯箱(重文)、狩野由信筆日光三滝図(清凉寺蔵)、狩野永岳筆天橋立図など。仏教美術では高宮寺の他阿真教像(南北朝~室町、県指定)。立ち姿の他阿真教の頭部より放たれた光条が、足元にひざまずく武士の頭部へと射し込む光景。時宗教団設立者の神格化(というか仏格化)の具体化。図録なし。

石山寺
 本尊秘仏如意輪観世音菩薩御開扉
(3月18日~12月4日)
 33年に一度(及び天皇即位時、行幸時)開扉される勅封本尊の御開帳。承暦2年(1078)の火災ののち、永長元年(1096)本堂再建までに造像された、像高293.9㎝、二臂・左足垂下の観音像。洗練された出来映えの定朝様の大作。内陣土間の岩座に坐るようすも間近にうかがえ、両脇には執金剛神(木造)、蔵王権現(塑造)が随侍する。本尊光背(元禄3年銘)の背後の土間上には、不思議なことにまた別の大型光背(慶長8年銘)が立っているのもうかがえる。創建当初の塑造本尊と木造本像が並座した可能性も指摘されるが、なかなか謎めいている。本堂内では、本尊の像内に納置された厨子と、その内部に安置される金銅仏4躯(飛鳥~奈良時代)と水晶製五輪塔、脇侍の塑造蔵王権現像の心木も公開。あわせて境内の御影堂では画幅の弘法大師像と塑造の淳祐内供坐像(応永5年・1398)が、蓮如堂では画幅の稚児像(蓮如上人六歳像)がライトアップ。

石山寺豊浄殿
 御開扉記念特別展示 ほとけの誓ひおもきいしやま
(3月18日~12月4日)
 石山寺縁起(鎌倉・重文)、如意輪陀羅尼経(平安・重文)、観世音菩薩如意輪摩尼陀羅尼経(平安初・重文)などとともに、石山寺の開帳に関する資料を展示。石山寺年代記録から慶長5年(1600)開扉の情報を示し、寛永21年(1644)の開帳記録は開扉にあたっての法要次第。元文三年(1738)三十三年開帳記は、前年の御室御所への開帳願いから閉帳までの記録。ほか寛政11年(1799)の開帳高札(参道鳥居川設置)、元文3年(1738)閉帳高札(堀川下立売設置)など。「石山寺と紫式部展」を併催。

7月3日
高野山霊宝館
 企画展 特集 一切経の世界
(4月16日~7月3日)
 最終日滑り込み。高野山に伝来する一切経の諸本を紹介。光明皇后御願経として竜光院・放光般若波羅蜜経、宝亀院・哀泣経、金銀字交書一切経(中尊寺経)として大品経、大方等大集経、金字一切経(荒川経)として大般若経、大方広仏華厳経、宋版一切経(天野社一切経)として仁王護国般若波羅蜜多経、大方広仏華厳経、高麗版一切経(奥院経蔵納置)として大般若経を、それぞれを数点ずつ展示。天野社一切経は、従来東禅寺版・思渓版・春日版からなるとされていたが、事前調査で開元寺版も含まれていたことが判明。建保元年に行勝上人が仁和寺宮道法法親王より賜ったとされるもの。天野という地における一切経を巡る動向は、見えにくい部分もあるが、とても重要。図録なし。

7月10日
京都国立博物館
 特集陳列 徳川家康没後四百年記念 徳川将軍家と京都の寺社-知恩院を中心に-
(6月14日~7月18日)
 徳川将軍家による寺社への帰依(及び統制)の様相を、将軍家菩提所の知恩院所蔵資料によって提示。現在修理中の知恩院御影堂に安置される、等身大の徳川家康像、徳川秀忠像が特別出陳。秀忠像は元和6年(1619)~7年、七条仏師康猶の作。家康像も近い時期の七条仏師の作。家康像は張りのある壮年期の風貌で、東照大権現像とは異なる表現。家康の場合は神像と肖像の双方が残る点で、秀吉とやや異なる。ほか、天正三年徳川家康書状、元和元年浄土宗諸法度、超誉上人絵詞伝、雄誉霊巌像など。図録あり(20ページ、540円)。

 名品ギャラリー 定朝様と慶派の仏像
(6月14日~7月24日)
 寄託資料の優品をお蔵出し。定朝様では白河金色院伝来の白山神社十一面観音立像、地蔵院観音菩薩跪坐像などのほか、近年見出された西寿寺阿弥陀如来坐像や、金戒光明寺の十一面観音坐像、不空羂索観音坐像のセット。慶派作例では行快作の金剛寺不動明王坐像と、同じく行快作、浄土宗蔵の阿弥陀如来立像がご対面。特集陳列に合わせて知恩院の阿弥陀如来立像と善導大師立像も展示。定朝様・慶派つながりで妙法院にも立ち寄って群像をご拝観。

7月18日
香雪美術館
 神々の姿 神と仏が織りなす美
(5月28日~7月24日)
 館蔵の宗教美術に関わる資料を、神仏習合の視点によってゆるやかにつないで公開。神像10躯は作風を違えたおおよそ平安時代後期の作例で、うち威相の男神像1躯はボク頭を着けた10c後半~11c初ごろのもの。重要な新資料。春日社寺曼荼羅(鎌倉時代)、春日鹿曼荼羅(室町時代)、そして来迎する雲上の地蔵菩薩立像(鎌倉時代)にあわせ、春日権現験記絵(春日大社・江戸時代)のうち、建仁3年(1203)湯浅宗光女房に春日明神が憑依して明恵の天竺渡航計画を留める場面を展示し、あわせて同時期の明恵筆夢記を並べる。「春日神社/芸州桑名郡額田荘」の刻銘を持つ鰐口は、文政2年(1819)に紀伊藩領田丸藩吉祥寺村の大庄屋見並惣大夫が西浜御殿(徳川治宝別邸)に献上したもの。惣大夫は2年後に用水開鑿計画を紀伊藩に上進しているので、その地ならしのよう。ほか、多度大社本を忠実に移した多度神宮寺伽藍縁起并資材帳(鎌倉時代)、九曜星の諸天を描いた愛染曼荼羅(鎌倉時代)、新薬師寺本尊図像による薬師三尊十二神将像(鎌倉時代)などなど。日の目を見た資料のなんと誇らしく輝かしいことよ。リーフレットあり(A3・両面)。
 
兵庫県立美術館
 小企画 美術の中のかたち-手で見る造形 つなぐ×つつむ×つかむ 無視覚流鑑賞の極意
(7月2日~11月6日)
 兵庫県美が長く続けている「手で見る造形」展シリーズ。今回は国立民族学博物館広瀬浩二郎氏(全盲の文化人類学者)によるプロデュースで、視覚障害者(触常者)の視覚によらない鑑賞法を健常者(見常者)が実際に体感してみる先鋭的な取り組み。鑑賞者はアイマスクをし、会場の壁に渡されたロープをたどって作品にたどり着き、手元のスイッチを押して広瀬さんの無視覚流鑑賞の極意を聞きながら、手で作品を鑑賞する。作品はブールデルの《雲》、ヘンリー・ムーアの《母子像》、ジャン・フォートリエ《トルソ》の3点。かたち、手ざわり、冷たさ、温もりなど、当たり前すぎて意識されなかった自らの指先や手のひらの多様な感覚に向き合い、その触覚情報を頭の中で像へと結ぶ30分。そしてその触覚情報が、確かに記憶されることも実感する。「触る展示」は福祉の観点に留まらず、あらゆる人々にミュージアムを開くための可能性であるといえる。リーフレットあり(A3両面)。

 特別展 生誕130年記念 藤田嗣治展-東と西を結ぶ絵画-
(7月16日~9月22日)
 藤田嗣治の大回顧展。画風の模索と独自の作風の成立、戦争画への邁進、そして回帰のようすを編年的に並べる美術史展示。《エレーヌ・フランクの肖像》(イセ文化基金)、《自画像》《アッツ島玉砕》《サイパン島同胞臣節を全うす》(以上、東京国立近代美術館)、《美しいスペイン女》(トヨタ市美術館)、《校庭》(ポーラ美術館)、《ノートル=ダム=パリ、フルール河岸)(ランス美術館)、《聖母子》(ノートル=ダム大聖堂)などなど。図録あり(288ページ、2300円)。

7月24日
加東市やしろ国際学習塾
 市制10周年記念特別展 加東市の文化財
(7月23日~8月7日)
 加東市(旧、社町・滝野町・東条町)の市制10周年記念として、市域の文化財をピックアップして展示。清水寺大講堂安置の等身大の天部立像(平安時代後期)、平成25年の山王神社本殿修理の際に見出された獅子・狛犬(鎌倉時代後期)、元徳3年(1331)銘を有する中古瀬区の鉦鼓、花蔵院の大画面の釈迦十六善神像(鎌倉~南北朝時代)、長治2年(1105)に中山寺で書写されたものを核とする馬瀬住吉神社の大般若経など。ほか考古資料や、パネルによる建造物、石造物、民俗文化財の紹介。「おわりに」のパネルで「従前の郡誌や町史などに掲載されないまま残されてきた資料を悉皆的に調査し、地域住民の方々にその価値を改めて認識していただく」作業を継続する旨を高々と表明。すばらしい。この後、加東市東条公民館(8月13日~8月28日)、加東市加古川流域滝野歴史民俗資料館(9月3日~10月2日)に会場を移して巡回。図録あり(30ページ、無料)。

朝光寺・若宮八幡宮・清水寺
 展覧会鑑賞後、加東市内の名刹を巡る。朝光寺本堂(国宝)は応永20年(1413)に仏壇造営、本尊移坐、正長元年(1428)に瓦葺き完成。室町期の密教本堂で二体の本尊像のうち西本尊は三十三間堂より移されたもの。朝光寺では土日祝はガイドが常駐されており、解説を聞きながら拝観。東条湖で子とボートに乗ってから若宮八幡宮へ。本殿(重要文化財)は永禄7年(1564)建立。大阪南部・和歌山北部の建造物との類似がある由。さらに西国三十三所第25番札所の清水寺へもご参拝。本堂、大塔跡を巡ってから大講堂(大正6年(1917)、武田五一設計)にて河村昭一『中世の播磨と清水寺』戎光祥出版、2013)購入。山麓のジェラート屋に寄って帰宅。加東市満喫。

7月28日
一関市博物館
 テーマ展 松川二十五菩薩の全貌-平泉文化の余光-
(7月2日~8月14日)
 平安時代後期阿弥陀迎摂像の希有な残存事例である一関市・松川二十五菩薩堂の破損仏群を一挙公開。現状ばらばらになっている諸部品の同定に果敢に取り組み、13体分の菩薩像について接合(復原した姿はパネルで提示、図録にも掲載)を果たす。例えば坐像5(旧5号菩薩)は体部と頭部(後頭部材のみ)が組み合わされ、群像中初めて像高のほぼ実寸が把握(53.5㎝)された。跪坐する脇侍1(旧6号菩薩)、脇侍2(旧7号菩薩)はともに上半身の右半、両上腕、脚部、どちらかの後頭部材・髻部材が残ることが把握。立像1(旧23号菩薩)、立像2(旧22号菩薩)はともに腹部から下を残し、胴部の接合面はイモ矧ぎとするが、その胸部部品が把握され、間に胴部部品(亡失)を挟む構造であることが判明。動きのある菩薩像を微調整しつつ造像する工夫か。この2体については台座蓮肉部も残存。ほか、蓋襠衣をまとう腕部材2点が、蓋襠衣をまとう跪坐像1(旧21号菩薩)、跪坐像2(旧20号菩薩)とは接合しないことも確定。
 各像の背面を見てみると、従来指摘されていなかったが、平安時代後期以降の奈良仏師作例に見られる腰帯表現が表されていて、これら群像の作者系統が把握される。伝来地についても、平泉を西に望む(物理的には見えないけれど)という地理条件にある松川の地の宗教的意味に思いを馳せる。ふつふつと研究意欲がかき立てられる。
 松川二十五菩薩像が安置されてきた収蔵庫環境の改善に向けての経過措置として博物館へ移送し、所蔵者との万全の信頼関係を築きつつ、緻密な調査に基づいて展示公開の機会を設け、これら仏像群を評価するための学術的位置づけを新たなステージに引き上げた同館と担当学芸員、市教委の取り組みは、地域博物館の機能(収集・保管・調査研究・展示)が十全に活かされたあるべき理想的な姿といえる。すばらしい。図録あり(16ページ、200円)。

達谷窟
 延暦20年(801)、坂上田村麻呂により創建され、鞍馬寺から毘沙門天を勧請し百八体安置したと伝承される。オーバーハングした岩壁に建てられた掛造の毘沙門堂には平安後期~鎌倉時代のものを始めとする大小の毘沙門天立像が30体ほどずらり並び壮観。大摩崖仏(岩面大仏)のほか、境内不動堂の丈六不動明王坐像(平安後期、県指定)、童子像(平安後期)も拝観。

中尊寺讃衡蔵
 秘仏一字金輪仏頂尊御開帳
(6月29日~11月6日)
 藤原清衡造営の中尊寺。金色堂と堂内の諸尊、讃衡蔵の目の眩むような文化財の数々を拝観し、別棟で一字金輪仏頂尊坐像(平安後期、重文)にまみえる。背面材のない半肉の大型の仏体で、玉眼を陥入し、懸仏と同様のスタイルで大円光に設置されたという特殊な安置方法について、奥行きを浅くしなければならない理由をぐるぐる考えるも容易に消化できず。厨子内の頭上には付属する天蓋も設置。『世界遺産 中尊寺』(中尊寺、2010)購入(128ページ、1000円)。

毛越寺・観自在王院跡・無量光院跡
 藤原基衡造営の毛越寺見学。宝物館で仏像等を拝観してから、かつての大伽藍をしのびつつ広大な浄土庭園を巡る。続いて隣の、基衡妻造営の観自在王院を巡る。大阿弥陀堂・小阿弥陀堂跡地には平安時代後期の石造如来形坐像(科研報告書『東日本に分布する宗教彫像の基礎的調査研究-古代から中世への変容を軸に-』(2010年)に図版掲載されるが年代比定なし)。像高96.6㎝。最後に無量光院跡へ。金鶏山を背後に背負い、そこに太陽の沈む象徴的な場に、藤原秀衡が造営した阿弥陀堂。短時間ではあるが、平泉の核となる仏教遺跡を巡って、一関・平泉日帰り巡見終了。

8月11日
和歌山県立紀伊風土記の丘
 企画展 学校にあるたからもの
(7月16日~9月4日)
 和歌山県下の学校にかつて設置され、忘れられつつある郷土資料室に収蔵されている資料に着目し、その調査に基づく成果を展示公開。県立橋本高校の陵山古墳出土品は、明治期の調査以来行方不明であった出土資料。海南市立黒江小学校には、南葵文庫印が捺された真田氏・織田家・鷹司家の系図が収蔵。御坊市立名田小学校にはご当地ものの幕末期の道成寺縁起絵巻、太地町立太地小学校からは捕鯨絵貼交図額など。郷土資料室の歴史に光をあてることで、近代期における各地域の資料保存の歴史と学校が果たした重要な役割をも浮かび上がらせる、極めて意欲的な取り組み。図録なし。

8月16日
奈良国立博物館
 生誕800年記念特別展 忍性-救済に捧げた生涯-
(7月23日~9月19日)
 生涯を衆生救済に捧げた律僧忍性の回顧展。忍性の肖像や自筆書状とともに、ゆかりのある額安寺、西大寺、般若寺、竹林寺、鎌倉極楽寺、三村山極楽寺などの関係資料を集約して、その生涯を時系列でたどる。極楽寺の忍性菩薩坐像は、特徴的な面貌表現に優れる頭部について、忍性生前の寿像、ないし没後すぐの造像の可能性が提示される(体部は室町時代の補作)。同寺の興正菩薩叡尊坐像も出陳(頭部が鎌倉時代〈嘉元4年・1306〉)。展示最終章には、額安寺・竹林寺・極楽寺の忍性墓に納置された、銅製忍性骨蔵器3合が観者を囲むように展示。本展の中で最も象徴的な空間であり心動かされる。ほか、永仁6年(1298)に極楽寺住持の忍性が唐招提寺に寄進した東征伝絵巻が全巻公開(前後期巻き替えあり)されているのも贅沢。図録あり(294ページ、2500円)。アニメ「笑顔のお坊さん 忍性」が附録で付く。
 新装なった本館展示をようやく鑑賞。空間全体が柔らかく明るい環境は観者にとってストレスが少なく、荘厳を演出しすぎないのも美術史展示の場として健全。室生寺より新発見の二天像に驚き、破損仏像残欠コレクションをかぶりつきで楽しむ。

8月20日
和歌山市立博物館
 特別展 玉津島-衣通姫と三十六歌仙-
(7月16日~8月21日)
 和歌三神の一柱、衣通姫(そとおりひめ・そとおしひめ)を祭神とする和歌浦・玉津島神社の歴史と文化を、本年に市指定文化財となった玉津島神社文書・奉納和歌・神宝類を中心に紹介する。和歌神として宮中とのつながりの深さを、後奈良天皇宸筆「南無玉津島明神」神号や、霊元天皇奉納の仙洞御所月次奉納和歌巻物、近衛家奉納の明和4年(1767)神輿(県指定、パネル展示)などで示し、紀伊徳川家との関係では徳川頼宣書状や、狩野興甫筆三十六歌仙額がずらり。ほか、本居宣長・大平ら国学者関係資料も。絵画資料としては、狩野派、土佐派、住吉派ほかの和歌三神像のバリエーションを集め、大変参考になる。神像図像の観点からは、唐装の玉津島明神像、和装の衣通姫像の二系統の存在は、紀ノ川中流域の地主神である丹生都比売神社祭神・丹生明神(丹生都比売)と共通するもので、その影響関係がうかがわれる。彫刻では狛犬一対は中世的表現が残る堅実な作例で、社殿安置の兎像一対も写実表現に優れた名品(近代か)。図録あり(98ページ、1000円)。

8月31日
京都国立博物館
 特集陳列 丹後の仏教美術
(7月26日~9月11日)
 京丹後市・宮津市の文化財を中心に、丹後地域の仏教美術の一端を紹介。展示の核は縁城寺秘仏本尊千手観音立像の出開帳。10世紀後半のほぼ等身像で、随所に古様を残す平安中期の作例。頭上面を表さずに宝冠を被る特殊な姿。同寺の大日如来坐像は鎌倉時代後期の作例で、未出陳ながら台座・光背も当初のものが残る。同じく阿弥陀如来立像は像高35.4㎝、雲上に乗る来迎像で、鎌倉時代中~後期の作例。未出陳であるが本像を納める春日厨子も鎌倉時代後期までさかのぼるもの。同像は麻呂子親王の感得像で安徳天皇の念持仏となっていたのを後藤実基が縁城寺に寄進したとする壮大な伝承が付随する。また賓頭盧尊者坐像は本展調査で平安時代後期の聖僧像と判明。金剛心院地蔵菩薩立像(鎌倉時代)のCT調査の最新成果も提示され有益。また板列八幡神社の女神坐像2躯は八幡三神像の両女神像と想定される11c初ごろの重要資料(岡直己『神像彫刻の研究』によればかつて同社には僧形像(伝仁海僧正)があったという)。鑑賞時にはすでに展示期間を過ぎていたが(~8/28)仏画類も多数公開。京都の歴史的・文化的魅力を伝えるという京博の地域博物館としての一面が十全に活かされた展示。図録あり。

 名品ギャラリー「若狭国と絵巻」「浄土教信仰の名品」
(8月30日~10月2日)
 「丹後の仏教美術」の絵巻・絵画類が撤去された後に、京博収蔵の名品ずらり。前者では修理成った京博の若狭国鎮守神人絵系図のお披露目展示。後半に並び描かれる神人像を、神像研究の立場からじっくり鑑賞。いろいろ着想を得る。後者では峰寺聖観音像、個人蔵如意輪観音像の平安仏画、興福院阿弥陀聖衆来迎図、清凉寺迎接曼荼羅(正・副2本)、京博閻魔天曼荼羅図など、重要資料を並べる。眼福。

9月5日
高野山霊宝館
 第37回高野山大宝蔵展 高野山の名宝
(前期:7月9日~8月21日 後期:8月23日~10月3日)
 恒例の大宝蔵展。前期展示の応徳涅槃図には間に合わなかったが、後期展示も絵画の優品多数。重文作品では、金剛峯寺弘法大師・丹生高野両明神像(問答講本尊)、遍照光院一字金輪曼荼羅図、光台院毘沙門天像、正智院八字文殊曼荼羅図。金剛峯寺釈迦誕生図も未指定なのが不思議な鎌倉時代の優品。西門院仏涅槃図は花の咲いた沙羅双樹がこんもりと高くそびえる宋元画の影響を受けた鎌倉時代の作例。高麗・朝鮮仏画の優品が意識的に選択されて公開。五坊寂静院の至正10年(1350)銘を有する弥勒下生変相図は、これも未指定が不思議な優品。金剛峯寺釈迦八相図は嘉靖14年(1535)作の縦3mほどの大作。元和7年(1621)円秀による寄進銘があり、表具は刺繍で蝶丸文を表した豪華なもの。常喜院薬師曼荼羅図は隆慶6年(1572)銘。前期には南宋仏画の成福院阿弥陀如来像も展示。高野山伝来の中国・朝鮮仏画の重厚さにはつくづく感銘する。ほか、御影堂諸道具霊宝目録(続宝簡集11)、寿永3年(1184)に高野山御手印縁起に基づいて阿テ河荘の領有を主張する金剛峯寺衆徒愁状(宝簡集33)を味読。図録なし。

9月16日
三井記念美術館
 特別展 松島瑞巌寺と伊達政宗
(9月10日~11月13日)
 瑞巌寺本堂修理完成・伊達政宗生誕450年を記念し、瑞巌寺の歴史と、その外護者である伊達政宗を紹介。東日本大震災復興祈念として五大堂本尊の秘仏五大明王像(重文)が出開帳。平安時代中期(展示では10c後半と評価)に遡る五尊が完存する稀少事例。列弁の付く胸飾や腕釧は曼荼羅図像を元にするとみられるが、他の飾りがなくシンプルで、また不動明王像だけ随分列弁が長く、独自の展開を遂げたもののよう。裙の翻波の衣紋も古い形式ながら彫りは浅くなって、地域様式の展開事例として興味深い。ほか瑞巌寺本堂彫刻欄間(国宝)は慶長14年(1609)、左甚五郎のモデルとされ根来大工刑部左衛門国次の作。根来寺の工人の足跡を感慨深く眺める。伊達政宗甲冑倚像(瑞巌寺)、伊達政宗所用黒漆五枚胴具足(仙台市博)のほか、新出の伊達政宗筆梅小禽図など、その文芸の才に注目して資料を集める。図録あり(158ページ、2300円)。

東京国立博物館
 特別展 平安の秘仏-滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち-
(9月13日~12月11日)
 平成30年(2018)の大開帳に向けた伽藍整備による本堂・収蔵庫の改修に伴う、本尊秘仏十一面観音坐像を含む仏像群の出開帳。台座・光背を含む総高531.3㎝の大観音像(像高312.0㎝)は10c半ばの造像と位置づけ、展示室中央に鎮座。見上げる視点であるが、側面もしっかり鑑賞でき有益。平安後期風の立派な台座は明治45年(1912)の補作とのこと。同寺の平安時代彫像19躯は本尊をぐるり取り囲む。定朝様式に基づく薬師如来坐像、地蔵菩薩坐像(文治3年〈1187〉銘)のほか、本尊像と近い時期、あるいは作風の影響を受けた作例(10c~11c)と、やや降った時期の一群の作例(12c)があることを示し、そこに見える特徴的な様式を「甲賀様式(櫟野寺様式)」の用語を用いて位置づけ、作例間の関係性を明確にする。そのように地域様式を積極的に評価する以上、一部に「鄙びた」という作風評価が混じったのは残念。図録あり(100ページ、1800円)。

9月18日
和泉市いずみの国歴史館
 特別展 和泉市の至寶-集結!いずみの国の指定文化財-
(8月28日~10月2日)
 市制施行60周年・市文化財保護条例施行20周年として、市域に所在する国・府・市の指定文化財を集める。観福寺弥勒菩薩坐像は後補部材が多く(鎌倉時代に大修理されたか)当初部分は頭体の根幹部のみだが、乾漆を併用すること、耳の形状など、随所に古様をみせる。展示では奈良時代とするが、平安初期まで幅を見たい。施福寺大日如来坐像は9世紀半ば、施福寺地蔵菩薩立像は精緻な截金文様が配された洗練された院政期彫像。羅漢寺大日如来坐像は鎌倉時代前期の作例で鬢髪(びんぱつ)を銅製とする特殊な技法を用いる。ほか仏画では松尾寺の孔雀経曼荼羅(鎌倉時代)、役行者像(鎌倉時代)、真言八祖像(鎌倉~南北朝時代)、古文書では松尾寺文書、黒鳥村中世文書、和泉市旧町村役場公文書など。展示キャプションは名称・所蔵者・時代のみで解説がないのが惜しい。図録(26ページ、300円)には作品解説あり。

9月24日
岡山県立博物館
 特別展 カミとほとけの姿-岡山の信仰文化とその背景-
(9月9日~10月16日)
 信仰の所産としてのカミ・ほとけのかたちの様々を、岡山県内の仏像・神像・仏画を集めて提示。展示の核となる勇山寺不動明王二童子像は、中尊の像高183.5㎝を計る巨大な10世紀の作例。中尊はケヤキの大木から頭体幹部を彫出し、手首まで一材製とする屈臂する両腕も木口面を体部材と合わせ、像全体があたかも一本の木のように仕上げる。等身大の両脇侍像も両腕を含む全身を一材製としていて、材料となった木に対する神性(聖性)が内在することをうかがえる。風貌は正統な密教図像に基づきつつ、その造形性や信仰のあり方には神仏の境をまたいで行き来するマージナルな要素があることをうかがえる。神仏習合を背景にした密教尊像受容のあり方の、一つの象徴的なかたちかもしれない。ほか、安養寺如来立像は従来より白鳳仏としての評価と中世の模古作としての評価があったが、蛍光X線による組成分析の結果は白鳳期のものと見なしうると判明。重要な成果。明王寺観音菩薩立像はカヤと見られる一材から精緻に刻出された等身大の檀像様彫像。豪華な冠飾、複雑な衣の重なり、立体的に翻る裙裾、肉身の柔らかな質感に優れる9世紀の作例。見惚れる。妙圀寺釈迦如来坐像は延文3年(1358)康俊作の銘を有する、南北朝時代を代表する重要な基準作例。宇南寺男神坐像は、怒りを溜めた目とへしめた口で威相を示しつつ、首を前に突き出す姿勢によって老相をあらわした作例で、髭をたくわえない。52.2㎝と像高も大きく注目される。境内に八幡神社があったもようであるが(美甘〈御鴨〉神社に合祀)、八幡神図像とは整合せず。興味深い作例ばかりで、岡山の宗教美術の多様性と、地域的な特質と相まった魅力を堪能。展覧会に結実させた学芸員はじめ関係諸氏のご苦労に頭が下がる。図録あり(128ページ、1300円)。

岡山県立美術館
 特別展 文人として生きる-浦上玉堂・春琴・秋琴父子の芸術-
(9月23日~10月30日)
 同館で10年前に開催した「浦上玉堂」展ののち見出された玉堂の新出作品多数とともに、玉堂子春琴、秋琴の作品を一堂に集めて展観する。玉堂自作の琴などその所持品とともに、一晴一雨図(重文)、煙霞帖(重文)など大小さまざまな山水の作品がずらり。門外漢ながら、幽谷訪隠図(NO.81)、山翁嘯咏図(NO.91、重美)の山水世界にぐいっと引き込まれてしばし見入る。あー、こんなとこに住みたいと、玉堂の理想世界に共感する(共感させられる、か)。器用にいろいろな絵を描く春琴、晩年になってから絵を描いた秋琴の作品もずらりと並べながら、それら子の文人的特質を通じて、玉堂の孤高の文人性を逆照射する。大部の図録あり(372ページ、2500円)。

10月8日
大和文華館
 特別展 呉越国-西湖に育まれた文化の精粋-
(10月8日~11月13日)
 浙江省博物館・臨安市文物館の所蔵資料を核とした初めての「呉越国」展。国王銭氏による投龍簡祭祀(道教儀礼)に関する資料を冒頭に配置し、玉器・磁器・金属工芸の精華とともに、銭氏五代の崇仏のありようを阿育王塔・仏像・経典によって紹介する。銭弘俶の発願により造られた阿育王塔は、雷宝塔出土の開宝5年(972)造立の銀製阿育王塔、万仏塔出土の顕徳2年(955)造立の銅製阿育王塔、慧光塔出土の乾徳3年(965)造立の鉄製阿育王塔の、異なる素材の3基を展示。あわせて日本国内の銭弘俶塔として、永青文庫(細川護立収集品)、東京国立博物館(熊野・那智経塚出土品)、大峯山寺出土の破片2個体分を集める。仏像は万仏塔出土資料から16点(10~11c)。唐風を色濃く残すもの、宋様式への展開のみえるものなど、過渡期の様式のさまざまを鑑賞。台座・光背を含めて半肉に鋳造した定印如来坐像は、作風や形態、細部の形式など、日本の10~12世紀彫像と比較したくなる(比較が成立するかどうかが問題)。自館のコレクションに埋没しない、担当学芸員の専門性をまっすぐに押し出した学術的な展覧会を作る姿勢は大和文華館のよき伝統であり、同館の推進力ともいえる。図録あり(170ページ、2700円)。

飛鳥資料館
 特別展 祈りをこめた小塔
(10月7日~12月4日)
 奈文研が新たに収蔵した百万塔の公開を軸に、小塔供養とその信仰を紹介する。注目は、国内に伝来する銭弘俶八万四千塔の集約で、黒川古文化研究所塔(伝来不詳)、京都国立博物館塔(張延済所持品)、奈良国立博物館塔(伝来不詳)、天野山金剛寺塔(伝・天野山塔の尾出土)、金胎寺塔(重文)、来迎寺塔(金胎寺伝来)、福岡・原遺跡出土の塔残欠(方立)の7個体が並ぶ。大峯山寺出土の破片2個体分は、大和文華館での展示終了後、こちらでも展示される由。このうち金胎寺塔は江戸時代に舎利塔として改造されているが、それとほぼ同じ外観をみせる来迎寺塔については、構造上の諸特徴から金胎寺塔を元にした近世の倣古作とされる。なお、国内に残る銭弘俶八万四千塔は12個体(完形品9、部品3)で、大和文華館展示の4個体と、九州国立博物館「高山寺と明恵上人」で展示中の誓願寺塔とあわせ、全資料が公開中という奇跡。図録あり(54ページ、1100円)。

10月21日
國學院大學博物館 
 企画展 祭礼行列-渡る神と人-
(10月15日~12月4日)
 祭礼行列の諸相を絵画資料で紹介。西村楠亭筆葵祭図屏風、横山華山筆やすらい祭・上賀茂競馬会図屏風、冷泉為恭筆祇園祭礼絵巻、年中行事絵巻(祇園御霊会)、日光祭礼絵巻と、同館が良質な祭礼画のコレクションを形成していることを知る。和歌浦御祭礼御渡絵巻(同学図書館蔵)は後期展示で残念。リーフレット(A3両面)あり。

東京国立博物館
 特別展 臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念 禅-心をかたちに-
(10月18日~11月27日)
 臨済禅の思想・信仰・芸術の諸相を紹介。京博との巡回展ながら東博会場のみの資料も多し。建長寺蘭渓道隆坐像(13c)、南禅院亀山法皇坐像(14c)、栖雲寺中峰明本坐像(文和2年[1353]、院遵作)、佛通寺即休契了坐像(応永32年[1425])、国泰寺慈雲妙意坐像(16c、康運作)と各時代の頂相彫刻を見比べてお勉強。近世前期の彫像も見たかったところ(我が儘)。また、来迎寺跋陀婆羅尊者立像、鹿王院十大弟子立像(のうちの数体)を比べながら、頭部の比率がやや大きく、重たげで丸みを帯びた袖が足元まで達し、全体が上部がややすぼまった円筒形状となる立体表現(鎌倉時代後期~南北朝時代にあらわれる)の祖型について考える。方広寺宝冠釈迦如来および両脇侍坐像(感応3年[1352]、院吉・院広・院遵作)も、改めてじっくり鑑賞。図録あり(466ページ、3000円)。ついでに東洋館にも寄り「上海博物館との競演-中国書画精華・調度-」(8月30日~10月23日)で張即之筆の禅院額字「解空室」「東西蔵」(東福寺)にしびれてくる。

 特別展 平安の秘仏-滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち-
(9月13日~12月11日)
 9月16日に続き、2度目の鑑賞。大観音をじっくり。

国立西洋美術館
 クラーナハ展-500年後の誘惑
(10月15日~1月15日)
 16世紀のヴィッテンベルクの宮廷画家、ルカス・クラーナハの作品を集約。「艶っぽくも醒めた、蠱惑的でありながら軽妙な」(主催者)女性表現が特徴。《ホロフェルネスの首を持つユディト》(ウィーン美術史美術館)、《ヴィーナス》(シュテーデル美術館)、《ザクセン選帝侯ヨハン・フリードリヒ寛大公》(ケムニッツ美術コレクション)と《ザクセン公女マリア》(リヨン美術館)などなど。宗教改革開始からちょうど500年とのことで、《マルティン・ルター》(ブリストル市立美術館)、《子どもたちを祝福するキリスト》(奇美美術館)も。図録あり(284頁、2600円)。

10月22日
堺市博物館
 特別展 大寺さん-信仰のかたちをたどる-
(9月13日~10月23日)
 開口神社(通称大寺さん)に所蔵される土佐光起筆大寺縁起(重要文化財)の修理完成と、同館所蔵の大寺縁起下絵が府指定文化財となったことを記念し、開口神社と、かつてその境内に一体としてあった念仏寺(大寺)の歴史を紹介する。大寺縁起については、修理によって得られた知見を提示するとともに、大坂夏の陣後の開口神社復興の象徴として制作されたこと、江戸時代を通じて近衛家を取り次ぎに行われた定期的な天覧のようすなど、縁起絵巻をとりまく環境を浮かび上がらせる。境内薬師社(旧・端森薬師堂)安置の薬師如来坐像は、手先・薬壺は後補ながら法界定印を結んで薬壺を執る特殊な図像で、10世紀後半の作例。神仏分離を乗り越えて、境内社として維持されていることも貴重。図録あり(62ページ、700円)。大寺縁起の全紙を掲載しており有益。鑑賞後、開口神社にも参拝。社頭には高層マンション。戦時中に空襲で焼失した三重塔に重ねて偲ぶ。

10月24日
高野山霊宝館
 企画展 「真田丸」の時代と高野山
(10月8日~1月15日)
 高野山・九度山蟄居時代の真田昌幸・信繁(幸村)について、菩提寺の蓮華定院所蔵の真田家関係資料を用いて紹介。あわせて真田家の主君に関しても、成慶院と持明院の武田家関係資料、清浄心院上杉関係資料や金剛峯寺豊臣秀吉像などで示す。寺壇関係により全国の大名家とつながりを有した高野山ならではの品揃えで、高野山を巡る戦国~江戸初期の実像について認識を新たにする。珍しい資料として、武田信廉(信玄・信繁の弟)筆の十二天像と十王図(成慶院蔵)を公開。戦国武将の筆とは思えない正統な画技。図録あり(8ページ、100円)。同日、真田信繁蟄居時代の書状原本が100年ぶりに見出された由の報道もあり、シンクロニシティ。

10月30日
鹿児島神宮
 秋晴れの休日。早朝から鹿児島入りして、まずは大隅国正八幡宮にご参拝。本殿は宝暦6年(1756)島津重豪再建で県指定文化財。木村探元筆の障壁画あり。三ツ石友三郎『鹿児島神宮史』(84頁、600円)を購入。

松下美術館
 お願いしていた所蔵資料の調査をさせていただいたあと、広い敷地内(福山病院内)に点在する6つの展示施設を一部見学。初代理事長松下兼知が収集したさまざまなジャンルの作品を公開。1号館はモネ・クールベ・ボナール・ピカソなどの絵画作品がメインであるが、考古資料、宗教美術関係の収集品もあわせて多数展示。懸仏、鏡像、神像など伝来不詳のものも多いが、中世資料を含む興味深い資料群。5号館は神楽面・神事面・懸面など、九州地方の民俗仮面の大コレクションのうちの一部を公開。旧所蔵先から流出した九州ゆかりの資料が、このように地域の中で収集され保持されている意義は大きい。

日光神社
 曽於市財部町の日光神社参拝。天照皇太神、賀茂神を祭神とし、中世後期以降、蛭牟田氏が神官を務めた。近年、和歌山県博で寄贈を受けた享祿3年(1530)銘の若い女面について、墨書を検討したところ当社が元の伝来地と判明(拙稿「乾武俊氏の収集仮面について」『和歌山県立博物館研究紀要』20、2014)。遅ればせながら現地を訪問して、境内の様子を把握しておく。

鹿屋航空基地史料館
 海上自衛隊鹿屋航空基地に附属する施設。敷地内に多数の実機が並ぶ。展示施設には、第二次世界大戦末期、特別攻撃隊(特攻)の中心的な出撃地であった同基地にまつわる資料群など。

鹿児島県歴史資料センター黎明館
 企画特別展 八幡神の遺宝-南九州の八幡信仰-
(9月29日~11月6日)
 鹿屋市から桜島を通ってフェリーで鹿児島市街へ入り、閉館1時間前に滑り込みセーフ。南九州の八幡神社の悉皆的な調査に基づいた八幡信仰展。神像では大分・八幡奈多宮の八幡三神坐像(重文)、石清水八幡宮の童形神坐像(2躯、重文)を核として、悉皆調査で把握された室町~江戸時代の資料を紹介。鹿児島・松山神社の男女神像12躯は、九州で一定の作例分布がある体部を柱状とするこけしのような形状の神像群。もっとも古様な男女神像(展示では14~15cとする)の首に藁紐が巻き付けられているのは、別に着衣をまとっていたことを示す可能性があり極めて貴重。江戸時代の神像を複数公開するのも、作風変遷を把握する上で参考になる。鹿児島・箱崎八幡神社の四方荒神面5面は同社の神楽で現役で用いられているものであるが、室町時代、15~16cにさかのぼる魅力的で優れた作行きの荒神面。宮崎・生目神社の宝治二年銘神面、天文五年銘神面は巨大な大人人形の面部に取り付けられたものと評価する。絵画では大分・柞原八幡宮の土佐光茂筆由原八幡宮縁起絵巻(県指定)、福岡・玉垂宮の玉垂宮縁起絵(重文)、中世の古文書も多数展示。図録あり(200ページ、2000円)。論考6篇を載せ、参考文献リストと合わせ、九州八幡信仰史研究の最先端を示す研究書としても有益。

10月31日
奈良県立美術館
 企画展 雪舟・世阿弥・珠光… 中世の美と伝統の広がり
(10月15日~11月27日)
 禅宗を思想的背景として形成された中世文化の諸相を、館蔵品・寄託品を活用して、水墨画、茶の湯、能の切り口より紹介。冒頭に永享2年(1430)椿井集慶作、画僧周文彩色の達磨大師坐像がお出迎え。室町時代の奈良仏師の、新様(唐様)を取り入れずに鎌倉時代様式を継承し続ける伝統は強固であり、足利将軍発願で達磨大師像で周文彩色でもそうなのだから徹底している(興福寺の仏所として作風の融通性は必要がないともいえるが、やはり周文と椿井仏師が組んだ雲居寺大仏ではそれで失敗している)。奈良と能(猿楽)との深い関わりを踏まえ、能に関係する資料は充実。宝山寺の世阿弥自筆能本江口、金春太夫宛書状のほか、談山神社の摩多羅神面をはじめとする仮面15面、長尾神社の翁・延命冠者・尉・悪相(尉)の4面、狭川両西敬神講の翁・黒色尉・父尉・延命冠者の翁系4面を含む6面をじっくり鑑賞。満足。図録あり(35ページ、600円)。

奈良国立博物館
 第68回 正倉院展
(10月22日~11月7日)
 吉例正倉院展ご拝観。善男善女の頭越しに至宝にまみえる。漆胡瓶、大幡残欠、布作面と、さまざまな形状の鈴、平脱鳳凰頭、銀平脱龍船墨斗、撥鏤飛鳥形は頑張って最前列に出て鑑賞。鈴の種類の豊富さに驚くとともに、日常、もう少し鈴資料の残存状況に気をつけなければと思い改める。図録あり(136ページ、1200円)

11月5日
滋賀県立近代美術館
 つながる美・引き継ぐ心-琵琶湖文化館の足跡と新たな美術館-
(10月8日~11月23日)
 平成32年(2020)に県立近代美術館に引き継がれる予定の琵琶湖文化館収蔵品を通じて、滋賀県の宗教美術・近世美術の精華を示すとともに、琵琶湖文化館(及び学芸員)が果たしてきた資料保存と学術面での大きな貢献を提示する。琵琶湖文化館の休館を巡る動勢については、私自身も2008年からしばらく定点観測を行ったが(「観仏三昧的生活」2012年4月20日記事「琵琶湖文化館の機能再生への道筋」)、本展においては、滋賀県の文化財保存の核として活動してきた文化館の歴史の共有化を図り、新生美術館がその機能を確かに引き継いで資料を未来へとつなげていくことへの決意表明がなされた。展示のあいさつ文に「新たな美術館がこれを確実に受け継ぐ」とあり、これを言い切るための関係者のこれまでのさまざまなご苦労も推し量られる。県民、文化財所蔵者、全国の琵琶湖文化館ファンへの明確なメッセージに接し、少し安心する。
 子連れで鑑賞し、あれこれ説明していてもゆるされる雰囲気であったこともうれしい。アール・ブリュットを一つの柱とする新生美術館においては、多様性への配慮、喜びへの共感、そして施設と来館者、あるいは来館者どうしの寛容性も大切な要素であると思う。人も文化財も居心地のよい新美術館となりますように。図録あり(152ページ、2000円)。

大津市歴史博物館
 大津の浄土宗寺院 新知恩院と乗念寺
(10月15日~11月27日)
 大津市内、新知恩院、乗念寺の浄土宗寺院2か寺の悉皆的な調査に基づき把握された文化財の様々を紹介。展示は各寺院ごとに分け、あたかも新知恩院展と乗念寺展の2本立てという体をとり、図録も同様に、判型を小さくした『大津の浄土宗寺院 新知恩院』(64ページ、700円)、『大津の浄土宗寺院 乗念寺』(64ページ、700円)の2冊を別々に作成。なるほどーと、アイデアに唸る。新知恩院の新出の法然上人立像(鎌倉時代)は画像を忠実に立体化した初期作例、乗念寺の阿弥陀如来立像(鎌倉時代)は仏足文を有し、台座から出た木棒で立ち、歯吹きとしない作例。新資料の蓄積が着実に成されていること、かつその情報の共有化がいち早く成されること、さらにその内容が高度な水準を維持されていること。地域博物館はかくあるべしという理想形。

11月14日
福井市立郷土歴史博物館
 特別展 福井の仏像-白山を仰ぐ人々と仏たち-
(10月14日~11月23日)
 白山開山1300年を来年に控え、霊峰白山を仰ぐ福井嶺北地域に伝えられた仏像を一堂に集めて紹介する。修理成った滝波町五智如来堂の五智如来坐像のうち中尊大日如来坐像(12世紀)は、肉髻・螺髪を表して智拳印を結ぶ姿(手先を除く腕部は当初材との由)で、着衣の細部形式に混乱があることも含め、特殊な図像に基づくものか。長運寺十一面観音立像(10世紀)は腕部、天衣遊離部を含めた頭体の大略を極力一木より刻出し、頭上面(亡失)を上下2段に配す図像的特徴や、裙裾を浮かせる軽やかな印象など、代用檀像の系譜に連なる新出の重要作例。10世紀も早いころまで遡りそう。大滝町神宮堂の虚空蔵菩薩坐像(9世紀)は、福井を代表する平安時代初期彫像であるが、台座も出陳されたことで華盤より下に中世(平安後期か)の部材を残していることが把握され、信仰の蓄積を体感する。越前町八坂神社の菩薩形坐像(11世紀)は、部材の欠損もあるが、その自然な抑揚表現は、いまだ定型化していない定朝遺風継承期の作風と感じる(定朝様ムズカシイ)。同社の十一面女神坐像(12世紀)ともどもじっくり鑑賞しながら、いつか現地の訪問を心に期す。ほか越前市荒谷町観音堂の聖観音立像(12世紀)、泰澄寺僧形神坐像(9~10世紀)など、日本彫刻史・宗教史・地域史研究の上で重要な情報を提供している、魅力あふれる仏像の数々を堪能する。図録(108ページ、1800円)には、出陳された全作例の正面・側面・背面ほかの図版が掲載され有益。また「神社に祀られる仏像」「仏像が動く」「朽ちかけた仏像を祀る」といった6篇のコラムも、仏像を引き継いできた人々へのリスペクトに溢れて充実の内容。会期中のイベントや広報もアイデア溢れるもので、博物館がその使命を果たしていくための最大の原動力は、やはり熱意ある学芸員であることを実感する。

鶏足寺・渡岸寺観音堂(向源寺)・小谷寺
 福井から長浜まで戻って、仏像巡り。紅葉の鶏足寺では善男善女の団体がバスで次々訪れる中、世代閣の薬師如来立像、木心乾漆の十二神将立像、魚籃観音立像、十社権現像をじっくり拝観。一方、渡岸寺観音堂はひっそりとしていて、国宝十一面観音立像をしばし独り占めする最高の贅沢。小谷城の麓にある小谷寺では本尊の特別開帳中。7世紀の銅製菩薩半跏像で、洗練された出来映えを示す重要作例。框と迎蓮からなる木製台座には文明12年(1480)の墨書がある(同寺パンフレット)ということも貴重な伝来情報。

11月19日
和歌山市立博物館
 特別展 城下町和歌山の絵師たち-江戸時代の紀州画壇-
(10月22日~11月27日)
 江戸時代、和歌山と関わりを持って活動した絵師、あるいは絵を描く機会のあった人々を、作品とともに紹介。紀伊狩野家を初めとするお抱え絵師の面々、藩主、文人とその門人、藩士、学者、工人など、その数105人(展示替えあり)。野際蔡春和歌祭図、笹川遊原唐美人図、徳川頼宣宝船図、祇園南海山水図、桑山玉洲花鳥図、愛石花渓深遠図、塩路鶴堂の宮子姫伝記と清姫鐘巻伝記(ともに道成寺蔵)、岡本緑邨南山瑞橘図、崖龍山鍾馗図、木村蒹葭堂名花十二客図、西村中和高野山図などじっくりみながら、近世紀州画壇の多様な展開を一望させてもらえるありがたさを噛みしめる。図録あり(100ページ、1000円)。掲載される画家・人物一覧は今後座右できっと重宝するもの。

11月22日
根津美術館
 開館75周年記念特別展 円山応挙-「写生」を超えて-
(11月3日~12月18日)
 円山応挙の初期作品、大画面のものを多数含む代表作、写生図帖類を集め、その画風形成の軌跡をたどる。最初の展示室には根津美術館藤花図屏風とともに、圓光寺雨竹風竹図屏風、三井記念美術館雪松図屏風(後期は個人蔵雲龍図屏風、宮内庁三の丸尚蔵館源氏四季図屏風)が並び、最後の展示室に相国寺七難七福図巻3巻が配されていて眼福。各種写生図帖・図巻は5点を集め、1週間ごとに頁替えする由。図録あり(206頁、2000円)。気鋭の論考5篇掲載。応挙研究の最前線をお勉強。

神奈川県立金沢文庫
 生誕800年記念特別展 忍性菩薩-関東興律750年-
(10月28日~12月18日)
 今夏に奈良国立博物館で開催された「忍性」展第一段に引き続き、関東興律をキーワードに、称名寺聖教、極楽寺文書、多田神社文書、金沢文庫文書を核にして忍性の活動の足跡を追う。もちろん仏像からも忍性の行動を追跡するスタンスは徹底。蔵福寺(茨城県阿見町)阿弥陀三尊像に記された建長4年(1252)銘は、忍性が東国下向し常陸三村寺に入った直後の日付けであり、同像の開眼供養に忍性が関与した可能性を指摘する。観音寺(茨城県行方市)の鎌倉時代中期の銅製如意輪観音坐像は、忍性が文応元年(1260)に同寺を中興したとする伝承を実作例によって裏付けるものと評価し、薬王院(茨城県桜川市)の銅製薬師如来坐像は頭部を清凉寺式とする作例で、同寺でも忍性は弘安元年(1278)に宝塔を建立しており、真言律の影響下にあることを物語るとする。極楽寺本尊の清凉寺式釈迦如来立像も、文永4年(1267)の同寺入寺直後の作の可能性が高いと判断。仏像もまた、歴史を再構築するための重要な手掛かりであり、こうした読み解きは大切な作業。ほか、極楽寺の忍性菩薩坐像、興正菩薩叡尊坐像、釈迦如来坐像、唐招提寺東征伝絵巻など。図録あり(96ページ、1500円)。

12月3日
泉屋博古館
 特別展 高麗仏画-香りたつ装飾美-
(11月3日~12月4日)
 泉屋博古館・根津美術館の所蔵品を核として日本伝来の高麗仏画を集めるとともに、泉屋博古館水月観音像(徐九方筆)の修理成果を披露する。至元23年(1286)銘阿弥陀如来像(島津家伝来)を筆頭に、至元31年(1294)銘弥勒下生変相図(妙満寺)、大徳10年(1306)阿弥陀如来像(根津美術館)など重要な基準作例が並び、それらと比較しつつ鑑賞できることのありがたさ。阿弥陀・観音・地蔵の着衣形式に注意しつつ、細部文様の精緻さ丁寧さに改めて感心する。「香りたつ装飾美」の副題が、とてもつきづきしい。根津美術館では3月4日~3月31日に開催、作品も変わる由。韓国の学生・研究者も多く来場されていて、熱気あふれる。図録あり(208頁、2000円)。概説(鄭于澤)、論考(井出誠之輔)、報告(実方葉子、白原由起子)の4篇掲載。

永観堂禅林寺 
 秋の寺宝展
(11月8日~12月4日)
 たくさんの御参拝のお客さんの間を縫って、金銅蓮華文磬(国宝)、薬師如来像(重文)、来迎阿弥陀如来像(重文)、長谷川等伯筆波濤図(重文)を眺め、本堂で見返り阿弥陀(重文)をご拝観。「原稿、遅し」という声がしたような…。

八幡市立松花堂美術館
 国宝指定記念特別展 石清水八幡宮をめぐる8つのエピソード
(10月29日~12月11日)
 石清水八幡宮本殿が国宝指定されたことを記念して、石清水八幡宮と山麓寺院の伝来品を核に、石清水の八幡信仰の諸相を示す。平成3年に本殿裏の校倉より発見された神像群(重文)のうち、展示機会の少ない童子形坐像2躯(袍に文様が残る)、平成19年に見つかった旧大乗院の遺宝群から鎌倉時代の仏眼仏母像(永享3年[1431]寄進銘)、聖観音懸仏(室町時代)、石清水八幡宮が描かれた海住山寺の宝珠台を赤外線画像とともに展示。宮殿形厨子に納められた板貼りの八幡垂迹曼荼羅図(室町時代)、石清水八幡宮文書のうち「八幡宮寺内外殿之間事 絵図不出」など、社殿内のようすをうかがえる資料があることを知る(ただしこの2点は図録不掲載、残念)。ほか円山応挙筆群鳩図絵馬(天明7年[1787]奉納)、岡田(冷泉)為恭筆石清水臨時祭図屏風(白鶴美術館)も見応えあり。図録あり(44頁、B5版、1200円)。

12月5日
和歌山大学紀州経済史文化史研究所
 特別展 道成寺の縁起 伝承と実像
(11月8日~12月16日)
 和歌山大学が実施している道成寺の古文書・典籍調査の成果に基づき、道成寺縁起と芸能における道成寺
物の広がりと、もう一つの道成寺(建立)縁起である髪長姫(宮子姫)の縁起の成立と展開、そして江戸時
代の出開帳の諸相を明らかにして、新たな道成寺史叙述を試みる。文武天皇・紀道明・九海士権現像、紀州
道成寺御建立略縁起、道成寺宮子姫伝記、紀道大明神縁起と、近世に整備された建立縁起の聖なる道具立て
を示すとともに、その対外的な披露としての出開帳において提示された聖遺物としての「安珍の扇子」「清
姫の打敷」「清姫蛇身の角」、そして掛幅形式の道成寺縁起絵(複製)を示すことで、まさにこれら聖俗の
接点となる資料群こそが「縁起」であることを実感する。大学博物館は、とんがっていて、刺激的で、学ぶ
ところが多い。図録あり(42ページ、無料)。山路興造「三つの道成寺縁起」など論考や、一部縁起類の全
紙が図版収載され有益。

12月9日
東京国立博物館
 特集 生誕百年記念 小林斗アン 篆刻の軌跡-印の世界と中国書画コレクション-
(11月1日~12月23日)
 『中国篆刻叢刊』全40巻を編纂した篆刻家小林斗アン(今+酉+皿)の印と所蔵した中国書画を一室に集める。展示する斗アンの篆刻の数111顆(前後期で展示替え)、印影・印譜もずらりと並んで壮観。「篆刻」で展示を構築することの難しさを感じるが、印材・印面・印影をパネル等を効果的に用いてできるだけの情報を伝えようとする意図が見え、鑑賞者の便を図っており、勉強になる。図録あり(298ページ、2500円)。

 特別展 平安の秘仏-滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち-
(9月13日~1月9日)
 9月16日、10月21日に続き、3度目の鑑賞。会期終了間際と思っていたら(当初は12月11日まで)、1月9日まで会期延長とのこと。今後寺外にでることのないであろう平安時代中期を代表する観音像の大作が、首都で多くの人に長く鑑賞の機を得られることはかけがえのないことで、会期延長を寿ぎたい。おそらくは寄託期間に関する状況の変化に対して臨機応変に弾力的な対応をされたものと想像するが、当初計画を変更してでも鑑賞者(及び所蔵者)の利益・便益を最大化させる選択をされた同館及び担当者に敬意を表する。図録あり(100ページ、1800円)。

12月11日
堺市博物館
 企画展 妙國寺の歴史と名宝を訪ねて-堺の寺町再発見-
(11月1日~12月11日)
 戦国武将三好実休が建立した妙國寺所蔵資料を展示。日蓮筆曼荼羅本尊は文永12年(1275)、弘安3年(1280、四条金吾日頼あて)、弘安5年(1282、藤三郎日金あて)の三幅が伝来。開山日珖筆の『己行記』とその紙背文書、三好実休像、永禄5年(1562)三好義長書状、天正20年(1592)豊臣秀吉朱印状など、戦国時代の堺の歴史をうかがう重要資料が多数。図録あり(売り切れ、未入手)。常設展示で館蔵の隋時代の観音菩薩立像(重要文化財)が公開中。百舌鳥赤畑町円通寺伝来。日本に伝わる檀像中最古例で、白檀材製の真檀像。やはり請来品であろう。ウェブサイトには告知がなかったので、うおおラッキー!と、ケースにしがみついて(ウソ)鑑賞。髻根元の冠飾(前面の飾りは並べた宝珠)の存在に改めて注目する。

12月16日
目黒区美術館
 色の博物誌-江戸の色材を視る・読む-
(10月22日~12月18日)
 同館が継続して取り組んできた「色の博物誌」展の集大成。江戸時代の国絵図・浮世絵を素材として、そこで用いられる顔料・染料など色材の種類や特性、効果を分析する。国絵図展示は自然科学手法による色材分析とその復元制作をめぐる科研(「地図資料学の構築」研究代表杉本史子)の成果を共有化するもの。浮世絵は作家立原位貫による当初色材を復元した作品を、原資料と並べて効果的に展示。鉱物、染料、膠や胡粉など多数の色材を説明する展示も充実。図録あり(228ページ、2800円)。色材の詳細な解説や、早川泰広「日本絵画における白色顔料」、田辺昌子「浮世絵版画の色」など論稿11篇を掲載し前近代の「色」についてのありがたい入門書の体。必携。

12月30日
奈良国立博物館
 特別陳列 おん祭と春日信仰の美術-特集 奈良奉行所のかかわり-
(12月10日~1月15日)
 恒例おん祭展。今回は近世のおん祭催行を支えた奈良奉行所との関わりについて注目する。そしてこれも恒例、春日曼荼羅の諸本をずらり。展示番号34番の春日宮曼荼羅(個人蔵)は小幅で褪色があり展示室では埋没するも、生き生きとした筆致(図録には近赤外線写真あり)で景観を描き、立ち姿の本地仏を配した鎌倉時代後期の作例。もと、金峯山寺僧による春日講の本尊。久度神社本春日社寺曼荼羅は、箱の墨書に文明8年(1476)久度郷講衆の銘のある春日講本尊。展示番号7番の春日赤童子像は権大僧都尭懐の所持品を正徳6年(1716)に春日社加持屋へ寄進したもの。信仰の蓄積を可視化することで作品は見え方を変える。展示とは、歴史を可視化すること。図録あり(80頁、1500円)。

 特集展示 新たに修理された文化財
(12月23日~1月15日)
 奈良博館蔵品、寄託品のうち近年修理された文化財について紹介。なんといっても、刺繍釈迦如来説法図(国宝、奈良時代、あるいは唐時代)。修理後、資料を休ませた後、勿体つけずに淡々と、ただちに公開の機会を提供して情報を共有化するスタンスは、とてもありがたい。眞輪院星曼荼羅(鎌倉時代)、瀧上寺八高僧像(南北朝時代)と、なかなか鑑賞の機会の少ない作例を間近に見られる機会としても、ありがたい限り。持ち帰られるちょっとした資料があると、なおうれしかったところ。

 名品展 珠玉の仏たち〈なら仏像館〉
 第5室金銅仏コーナーに、近時行方が判明し、新薬師寺に奉納された香薬師像の仏手がお出まし。このような形でただちに展示公開の機が設けられるとは思わず、感激。手を取り付ける木製台に経年の手ずれがあり、随分と愛でられていたのだろうか。三度の盗難、破壊、そして流転と、白鳳時代の仏像の小さな掌中に重くつらい歴史を握らせた近代という時代の「業」(信仰から美術へ)についても考える。その業は、現代の文化財盗難にもそのまま地続きである。そうした点で、「業」が生成された場そのものである奈良博に安住の地を得たことも、ふさわしい(皮肉ではない)。美術とは何かという命題を語るための負の遺産としての一面を、見る者に気づかせる存在であってほしい。

1月22日
京都文化博物館
 日本の表装-掛軸の歴史と装い-
(12月17日~2月19日)
京都大学総合博物館
 日本の表装-紙と絹の文化を支える-
(1月11日~2月12日)
 表装の歴史とその技術的工夫、芸術的洗練、宗教的機能、伝来史(修復の履歴)のあり方を、京文博と京大博の2会場のそれぞれで特色を打ち出して紹介する、意欲的な展示。
 京都文化博物館では、絵画や文書を飾り荘厳する役割を果たす表装について、その織りなす美のかたちと宗教的機能に着目。描表装(かきびょうそう)の諸相、納入品・霊験仏としての掛軸、祖師や故人ゆかりの裂を用いた表装、贅を凝らした東山表装、茶掛、文人表装、趣向を凝らした工芸品的掛け軸などなど、表装という表象を通じた日本文化史を豊かに、新鮮に叙述する。
 京都大学総合博物館では、絵画や文書を補強することで使用・保管を容易にする表装の機能について、現在の修理における修理理念と使用する材料や補修技術の工夫と、過去の修理にみられる負の要素(膏薬貼り、裏彩色の色抜け、補修絹の本紙からの切断・転用、相剥ぎ)を対比的に示しながら、綿々と続けられてきた史料の整理と修理の歴史の蓄積を、堅実に叙述する。
 両館の展示で共通の図録(168ページ、1944円)あり。共通とはいっても、京文博の展示図録が右開きに111ページ、京大博の展示図録が左開きに56ページで合冊されている体裁で、ナイスアイデア。出陳全資料とともに、掲載される諸論稿も充実しており、表装文化の基礎~応用をカバーしていて有益。発行は京大博のミュージアムショップを運営する企画会社で、恐らく担当者がいろいろ立ち回られて実現したものであろう。展示みられずとも買って支えるべし。

2月5日
京都国立博物館
 特集陳列 皇室の御寺 泉涌寺
(12月13日~2月5日)
 最終日に滑り込み。泉涌寺及び塔頭の文化財を集めて展観する。塔頭来迎院の秘仏、三宝荒神坐像が寺外初公開。鎌倉時代、13世紀前半慶派仏師の有力者の作例。その眷属として伝わる護法神立像5躯(京博寄託)もともに並ぶ。一面四臂、着甲する小島荒神であるが、不思議な形の冕冠を着け、護法神の数も多く、特殊な信仰背景のあったことを思わせる。寛喜2年(1230)に湛海によって請来された観音菩薩坐像(楊貴妃観音像)もお出まし。面長でまなじりが切れ上がる宋仏画同様の表情をみせる面相部では、微細な抑揚を伴った柔らかな肌の質感や、細かく整然と刻まれる髪の毛筋など細部まで丁寧で、単純で観念的な体躯の立体表現とは対照的。異国感溢れる豪華で極めて大きい冠飾が良好に残されていることも含め、東アジア彫刻史研究上、極めて重要な作例と再認識。同寺の別堂に安置される月蓋長者立像を、本来は脇侍であったと判断して、横に並べる。同室では近時快慶作と判明した宝冠阿弥陀如来坐像、東博に所蔵される泉涌寺旧蔵の阿弥陀如来立像、開山俊ジョウ律師坐像、塔頭戒光寺の浄業律師坐像と、優れた鎌倉時代彫刻を堪能。ほか、嘉禄3年(1227)俊ジョウ律師像、嘉定3年道宣律師・元照律師像などの仏画、俊ジョウ筆附法状など書跡、典籍、工芸品などなど。京都の寺社の文化財調査と展示は京博の学術活動の根幹。ナショナルミュージアムであるとともに、地域博物館としての役割を果たされるこうした機会は、本当に有益。図録ないが、『新版古寺巡礼 京都27 泉涌寺』(淡交社、2008年、1600円)に概ね図版あり。

 名品ギャラリー 神像と獅子・狛犬
(12月13日~2月19日)
 特別公開 修理完成記念 鳥取・三佛寺の蔵王権現立像
(1月17日~2月19日)
 初見の神像を堪能。鉄舟寺男神立像は、寺伝では摩多羅神とされる威相の束帯像。鎌倉時代。直立するも材がややねじれて頭が傾く。市比賣神社の女神坐像は腕に乳児を抱く平安後期~鎌倉初期の作例で、神像として他に類例を知らない特殊な姿。乳児ながら頭髪は真ん中分けで長く女性表現のよう。当該時期の乳児彫像としても興味深い作例。三佛寺蔵王権現立像は修理完成後のお披露目。10世紀末~11世紀ごろ。右足を蹴り上げない作例ではあるが、足先を外に向けてやや高さを違えているのは、ほぼ同等の表現かとも感じる。

京都産業大学むすびわざ館ギャラリー
 企画展 仏像修理の現場-美術院国宝修理所・伝統のわざと新しいわざ-
(1月23日~3月11日)
 仏像修理の理念や現場の様子を、東京・浄真寺の九体阿弥陀像の修理についての情報を中心にパネルで紹介し、あわせて実際に使用している鑿や砥石、鋸などの諸道具を展示。ほか東大寺南大門金剛力士像の顔や足の原寸大石膏像、クスノキ・カヤ・ヒノキ材製粗彫り像と木っ端なども。実物資料は京産大所蔵の阿弥陀如来立像(鎌倉時代)を参考出陳。図録なし。

2月19日
豊橋市美術博物館
 普門寺と国境のほとけ展
(1月21日~2月26日)
 三河・遠江の国境、弓張山地(湖西連峰)に確認される多数の古代・中世の寺院址群のうち、山系の南端に位置し、現在に法灯が継承される普門寺(梧桐岡院・船形寺)の文化財を中心に、古代の山寺から中世の山林寺院への転換の様相を、考古資料・文字資料・美術資料から叙述する。
 普門寺は旧境内の発掘調査により元々堂址(10c)、元堂址(12c)が把握され、久寿3年(1156)銘経筒、平治2年(1160)銘梵鐘(パネル・袋井市教委蔵)、そして永暦2年(1161)僧永意起請木札とその欠損部を補う江戸時代の写し(延宝7年・1679)といった豊富な文字情報により、平安時代後期に古代の山寺から地域の有力者の宗教的な結集核として山林寺院(里山寺院)化を果たしたことが復元されている(上川通夫『日本中世仏教と東アジア世界』、塙書房、2012)。
 展示ではこれら資料とともに、同寺の本尊聖観音立像(10~11c)と、12世紀に造像された半丈六の伝釈迦如来坐像(重文)、阿弥陀如来坐像(重文・パネル)、等身の四天王立像(重文)、不動明王二童子立像(県指定)が並び、これら仏像が、まさに寺のたどった歴史と期を一にして造像されたことを浮かび上がらせる。普門寺僧永意の名が銘記にあらわれる林光寺薬師如来坐像(重文、12c)も並び、転換期における普門寺僧の精力的な活動の足跡も提示する。なお四天王像のうち、構造・作風・邪鬼の違いをそこに見て多聞天像のみ先に単独で造像されたとの評価が示されているが、更なる議論が必要か。ほか彫刻では、普門寺客殿本尊の阿弥陀如来坐像(13c)、財賀寺宝冠阿弥陀如来坐像(県指定、12c)、赤岩寺愛染明王坐像(重文、13c)十輪寺地蔵菩薩立像(13c)と、優れた中世彫像を間近で鑑賞でき有益。
 豊橋市・湖西市の埋蔵文化財調査、愛知県立大学の学術調査、愛知県史編纂事業の成果の集大成であり、豊かな地域史の再発見と共有化を図る意義ある展示。図録(112ページ、1000円)のほか、豊橋市教育委員会『豊橋市埋蔵文化財調査報告書第140集 普門寺旧境内-考古学調査編-』(434ページ、3500円)あり。

普門寺
 展示を見てから現地を訪れ、その地理的環境を実感する。尾根のたわんで船底の形をした船形山麓に、仁王門、本堂、大師堂、弁天社、客殿が並ぶ。山中の旧境内には巨岩が露頭し250以上の平場がある由で、往古の隆盛のようすを心に描く。なお、仁王門そばの十王堂は雲谷村の村堂として管理され、近世の十王像(普門寺に天和2年(1682)の造像木札写あり)が安置されるが、同堂の宮殿形厨子に安置される朽損した僧形坐像は中世の作例のよう。
 普門寺の近隣、石灰石の巨大な塊がにょきっとそびえる立岩神社にも立ち寄り、こうした象徴的な岩塊が露頭する弓張山地が、古代の信仰の場として認識されたこと、そして境界地として位置づけられたことの理由に少し触れた気になる。

2月25日
岩出市歴史民俗資料館
 第2回根来寺所蔵宝物展 近世の根来版-近世根来寺を支えた僧呂-
(2月8日~3月6日)
 橋本市で講演会を終えてから立ち寄る。根来寺所蔵の近世根来版版木を紹介。あわせて、和歌山県立図書館所蔵の中世の根来版である大毘盧遮那成仏神変加持経7巻(巻子装)も展示。応永24年(1417)大伝法院恵淳開版で、刷りは室町後期まで降ると見られるが類品少なく貴重。こういう展示、もっともっとしてほしい。

3月8日
高野山霊宝館
 平成28年度冬期平常展 密教の美術
(1月21日~4月9日)
 仕事を終えてから立ち寄る。新館で高野山に関わった人物(皇族・貴族・武士・僧侶)を紹介。豊臣秀吉筆の天照両大神宮神号(有志八幡講)、正信上人湛空像(金剛峯寺)、応其上人像(蓮華定院)、貞暁が御社へ奉納した梵字懸仏(金剛峯寺)など。弘法大師所持と伝わる硯箱并硯石(竜光院)、御草履(金剛峯寺)も宗教文化史上、大切な資料。本館では奥院の大師信仰にまつわる資料を紹介。弘法大師十大弟子像、入定弘法大師像、奥之院六祖像(全て金剛峯寺蔵)など。奥之院六祖像は初見。勉強になる。

3月10日
根津美術館
 特別展 高麗仏画-香りたつ装飾美-
(3月4日~3月31日)
 泉屋博古館・根津美術館の所蔵品を核として日本伝来の高麗仏画を集める。昨秋の泉屋博古館会場に続く巡回で、会期を短めに設定して展示替えはほぼなし。阿弥陀如来のコーナーに根津美術館所蔵の高麗仏画が6幅並び壮観。この光景が展示計画の源だったのかも。茨城・大高寺観経十六観変相図、埼玉・法恩寺阿弥陀三尊二比丘像、京都・聖澤院帝釈天像、神奈川・円覚寺地蔵菩薩像、東京・浅草寺水月観音像、広島・不動院万五千仏図と、東京会場のみの寺院出陳資料を重点的に鑑賞。万五千仏図は会場に掲示された拡大パネルで細部確認(ありがたい)。高麗時代の仏画の特徴と様式の展開、そしてその魅力を明らかにする美術史展示であるが、天竺により近い唐土より渡ってきた舶載仏画を憧憬し続けた外国文化受容の歴史(前近代だけでなく、近代以降も)展示でもある。宋元明清仏画・朝鮮仏画も含めた展示、どこかでやってほしい。図録あり(208頁、2000円)。

 興福寺中金堂再建記念特別展示 再会-興福寺の梵天・帝釈天-
(1月7日~3月31日)
 元、興福寺東金堂安置の定慶作根津美術館帝釈天立像と、対になる興福寺梵天立像の「再会」展示。帝釈天の後補部分を見極めながら2躯を比較してじっくり鑑賞。高麗仏画展出陳の帝釈天像とも着衣形式を比べる。

びわ湖長浜 KANNON HOUSE
 高月町片山 片山観音堂 十一面観音立像
(1月31日~3月12日)
 初訪問。長浜市内に伝わる観音像1体を、数ヶ月ごとに交代しながら出開帳を行う画期的なコンセプト。片山観音堂十一面観音像は室町時代後期の作例。この時期は比較的造像機会が多く、周辺地域に共通する作風の像がありそう。比較したり分布を把握すると、地域史の一端が見えるだろうと思いつつ鑑賞。仏像の魅力は、表現の洗練だけにあるのではなく、安置されてきた場の歴史を体現しているというところにもあると思う。展示でも地域の風景をともに紹介して、長浜の魅力と、伝えてきた人びとの信仰を伝えている。「国家」の美術史を体現する場である東博の近くに、「地域(民衆)」の美術史を対比的に提示する場が構築されたことは、とても重要(大袈裟ではなく)。

東京国立博物館
 特別展 春日大社展-千年の至宝
(1月17日~3月12日)
 春日大社式年造替を記念した春日大社と春日信仰の名宝展。展示の核は、春日大社古神宝類と、春日曼荼羅、そして春日権現験記絵。中でも春日曼荼羅は鹿曼荼羅も含めて30幅、春日権現験記絵は宮内庁本・春日本・春日一巻本・陽明文庫本・徳川美術館本・紀州本・新宮本・帝室博物館本を集め、特別展とは別に特集「春日権現験記絵模本Ⅲ-写しの諸相-」(1月17日~3月12日)も連動させて開催する充実ぶり。春日権現験記絵は、展示室の各所に単巻で配され画面内容で展示のストーリーをリードする「参考図版」的資料としても活用。彫刻では、春日神造像伝承を持つ円成寺十一面観音立像を選択(おおそれなら、伝・仏師春日作の仏像をどっと…)。ほか春日本地仏として善円作十一面観音立像(奈良博)、文殊菩薩立像(東博)のほか、善円(善慶)作地蔵菩薩立像(薬師寺)など。特に絵画史分野について、春日信仰美術研究の蓄積をふまえた集大成の内容。図録(396ページ、2400円)あり。改めて、南都の地域史を踏まえた奈良博の「おん祭と春日信仰の美術」シリーズの成果は重要だと感じる(奈良博でも「大・春日信仰美術展」見たい)。

 特集 金春家伝来の能面・能装束
(1月31日~3月26日)
 春日大社展に連動して、大和猿楽四座のうち、東博所蔵の金春家伝来能面・能装束をまとめて展示。能面、能装束とも、難解で多様な種類を分かりやすく伝えることに意を尽くして紹介。能面の作者判定の問題や写しの諸相、あるいは科学的調査の成果も盛り込んで、美術史分野における能面研究の底上げを図る近年の同館の研究成果を反映。古様な延命冠者と、「平泉寺/財運/熊太夫作」銘を有する若曲見をじっくり鑑賞。若曲見は完成度高く、銘を見ずに15世紀と判断できる自信なし。勉強々々。図録あり(136ページ、1500円)。

3月18日
奈良県立橿原考古学研究所附属博物館
 特別陳列 さわって体感考古学
(2月4日~3月20日)
 考古遺物の実物・複製等に触ることができる展示。奈良県立盲学校協力で、展示キャプションには点字も添付される。展示と連動した触って読む図録(和歌山県博方式をご採用!)も用意され、キャプションとしても使用。展示資料は縄文土器、弥生土器、土師器、石器の実物のほか、木器レプリカや銅鐸・銅鏡レプリカ、太安万侶墓碑レプリカ、藤ノ木古墳出土馬具の細部文様を3Dプリンターで出力したものなど約30点。ボランティア解説員1名がサポート(+監視)のため展示室に常駐される。展示の実現にはご担当者の相当のご苦労があったと思うが、博物館をあらゆる人に利用してもらうための「ユニバーサル・ミュージアム」の貴い(数少ない)実践であり、敬意を表したい。今回構築した諸機関との協力体制、そしてノウハウ(これ大事)を生かし、今後もぜひ継続して開催してほしい。 

特別陳列 ヤマトの戦士-古墳時代の武器・武具-
(2月4日~3月20日)
 古墳時代の武器・武具(弓・矢・靫・胡箭・槍・鉾・刀・剣・甲・冑・盾)を、出土した実際の武器武具と埴輪から紹介。太刀類は、藤木古墳出土の巨大な飾り太刀(復元品)や、祭祀用と推定される蛇行剣など儀礼用のものが残りやすく、実戦用のものは残りにくいもよう。図録あり(16ページ、300円)。

水平社博物館
 企画展 水平社と衡平社-国境を越えた被差別民衆連帯の記録-
(12月4日~4月9日)
 日本・水平社と韓国・衡平社の「国境を越えた被差別民衆連帯の記録」がユネスコ・世界の記憶(通称世界記憶遺産)に登録されたことを記念して、その登録資料を展示。登録内容は同博物館の紹介に詳しい(http://www1.mahoroba.ne.jp/~suihei/mowcap/)。常設展示では「人の世に熱あれ、人間に光りあれ」で結ばれる全国水平社創立宣言(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E5%B9%B3%E7%A4%BE%E5%AE%A3%E8%A8%80)を味読。何度読んでも心揺さぶられる檄文。水平社設立とその足跡を示す資料群はまだ登録されていないが、まさに世界の記憶にふさわしいと思う(http://www1.mahoroba.ne.jp/~suihei/mow/)。

3月24日
田辺市立歴史民俗資料館
 企画展 闘鶏神社の文化財
(1月28日~3月26日)
 社域が世界遺産、社殿が重要文化財となった熊野信仰の拠点の一つ、闘鶏神社(新熊野社)の文化財を展示。中世の獅子・狛犬、聖護院道興が明応5年(1496)に記した新熊野十二所権現勧進帖、重文附の棟札、神額「闘鶏宮」など。図録なし。

3月26日
日光東照宮・二荒山神社・大猷院霊廟・輪王寺・東照宮宝物館
 前日車で突撃し10時間かけて日光にたどり着き、男体山・華厳滝・中禅寺湖と二荒山神社中宮祠参拝。翌日は早朝から本宮、四本龍寺、深沙王堂を参拝した後、日光東照宮へ。雪の降る中、修理成った陽明門をはじめとする境内の景観を堪能。ちょうど月次祭が行われており記念に参列。奥宮、本地堂を廻り、二荒山神社、大猷院霊廟、常行堂、輪王寺宝物殿(「描かれた都市江戸」「日光を描く-絵図・地図に見る日光山の歩み-」を展示)、三仏堂、東照宮宝物館と、世界遺産日光の社寺をなんとかひととおり拝観。またいつか来る。帰りも10時間。ぐったり。

今年度訪問した館・寺院等はのべ93ヶ所、鑑賞した展覧会は87本でした。