平成24(2012)年度「展覧会・文化財を見てきました。」

4月12日
奈良国立博物館
 御遠忌800年記念特別展 解脱上人貞慶-鎌倉仏教の本流-
(4月7日~5月27日)
 鎌倉時代前期の南都を代表する学僧で、後半生は遁世しながら、法相教学の興隆、戒律復興や南都諸寺院再建勧
進などに尽力し、同時代の貴顕や宗教界に大きな思想的影響を与えた解脱房貞慶をクローズアップ。貞慶書写の聖
教奥書や著作、講式を軸に貞慶の宗教活動の軌跡とその思想を示し、あわせて貞慶の終焉の地、海住山寺の関連文
化財を特集的に展示。
 仏像では、東大寺弥勒菩薩立像、林小路町自治会弥勒菩薩立像、峯定寺釈迦如来立像、東大寺阿弥陀如来立像、
東京国立博物館文殊菩薩立像、現光寺十一面観音坐像、海住山寺四天王立像など、鎌倉時代初期~前期の奈良仏
師作例がずらり。浄瑠璃寺吉祥天立像も会期最終週に出陳の由。
 海住山寺阿弥陀浄土図の修理に伴って判明した軸木墨書名から、同図と興聖寺兜率天曼荼羅が本来一対のもの
で、貞慶の安養知足(安養浄土=阿弥陀浄土、知足天=兜率天)思想に基づく作例(ただし制作時期は没後の可能
性)と新たに判明。同展は規模を縮小して神奈川県立金澤文庫でも開催(6/8~7/29)。図録(286ページ、2000円)は、
貞慶理解の上で、所収の年表と併せて関係資料を一望できる便利な文献となりそう。
 地味だが大切な展示を敢行してくれる奈良博・金澤文庫に感謝。名品展「珠玉の仏教美術」(常設展示)にも貞慶や
その周辺に関連する資料が散見され、絵画室では、観音特集。見ごたえ充分。

4月16日
法隆寺大宝蔵殿
 法隆寺秘宝展 宝物から見た法隆寺-鎌倉時代-
(3月20日~6月30日)
 南都寺院としての法隆寺の鎌倉時代のようすを、残された多様な資料から提示。戦乱や災害の被害が少なく飛鳥時
代の資料でさえ多数残る法隆寺は、中世資料の宝庫でもある。
 閼伽井坊地蔵堂本尊の地蔵菩薩坐像(重文)は左足を垂下させた姿で、鎌倉時代前期の優美な像。善派か。ほか
厨子入善女龍王像(重文)や役行者二鬼像など。独特な構図の春日曼荼羅の大幅や五天竺図、室町時代の貞慶像、
押絵貼屏風のかたちで古経典とともに八曲一双に仕立てられた十六羅漢像や、うずくまった牛を表した銅製の牛玉
像、七大寺巡礼私記(重文)など、見る機会の少ない資料が目白押し。芸能関連では、延慶4年(1311)銘がある裲襠な
ど鎌倉時代の舞楽所用具(なぜか鉦架以外は未指定)、追儺面の父鬼・母鬼・子鬼(重文)。図録なし。西院伽藍、大
宝蔵院、夢殿の救世観音の開帳も巡る。堪能。
 斑鳩文化財センターにもよって、藤ノ木古墳の出土品を見る。現品でなくレプリカだが、出来映えが良くにわかには見
分けがつかない。

5月1日
東寺宝物館
 特別公開 東寺の法会用具-祈りと美-
(3月20日~5月25日)
 舎利会や堂塔供養などで用いられた鎌倉~南北朝時代の用具からなる、東寺の重要文化財・法会諸用具類が、平
成23年度に追加分を新たに指定されたことを契機として展示。これまで未指定だった阿修羅、迦楼羅など複雑な造形
の八部衆や獅子子などの優れた中世の行道面をじっくり鑑賞。ほか平安時代の水精製念珠(重文)など。
 図録ないが、A48ページのリーフレットあり。ミュージアムショップで『もっと知りたい東寺の仏たち』購入。講堂諸尊を
しっかりと鑑賞して、平安初期密教彫像の様式についてしばし考える。金堂、五重塔、観智院も拝観。

檀王法林寺
 檀王法林寺開創400年記念 琉球国王からの贈り物
(4月28日~5月6日)
 九州国立博物館と沖縄県立博物館・美術館で開催された「琉球と袋中上人展-エイサーの起源をたどる-」展へは
行けなかったが、そこで展示された資料がお寺でも公開されるありがたい機会。
 開山・袋中上人(良定・1552~1639)ゆかりの琉球国尚寧王贈与品のほかに、個人的に注目したのは、寛永元年
(1624)絵師竹坊藤兵衛・藤三郎の描いた中将姫臨終感得来迎図と、同3年(1626)に竹坊藤兵衛が描いた八相涅槃
図。竹坊は戦国時代末期に南都に登場した仏画を主に描く絵師の工房で、南都絵所とはおそらく出自を異とするもよ
う。初期の作品はやや筆致の荒いものなどあまり洗練されたものとはいえないが、檀王法林寺の二幅は、やや特殊な
画題を堅実に描いたもので、南都出自の新興絵屋が中近世移行期を経て、近世社会の安定の中でしっかりと根付い
たらしいことが見える。
 楼門安置の四天王は、像高2mを超え、大阪府・興善寺旧蔵と伝える。1躯は平安後期、他は中世の模古作との評
価あり。

京都国立博物館
 特別展覧会 王朝文化の華 陽明文庫名宝展-宮廷貴族近衛家の一千年-
(4月17日~5月27日)
 陽明文庫所蔵の近衞家伝来の名品を展示。御堂関白記、平記、中右記、兵範記、愚昧記、吉黄記、歌合、大手鑑、
倭漢抄、熊野懐紙、明恵夢記、諸消息類と、挙げだしたらきりがない古代~中世の日記・古筆がずらり。この文庫が無
事でなかったら、平安後期~鎌倉時代の中央政権の歴史の何割かは再構築できなかったことを実感。熊野懐紙3幅
が並ぶ機会も多くはないので、じっくり鑑賞。ほか刀剣、人形、近世・近代絵画も。図録あり(2300円)。

法性寺
 平成24年度京都春季非公開文化財特別公開
(4月27日~5月6日)
 特別公開とのことで、参拝。本尊の千手観音立像は、本面の左右に脇面がつく三面千手で、頭上に24面を表す特殊
な図像。初期密教彫像の雰囲気を残す平安時代前期の作例。観賞場所が像からやや離れていて、小さな像でもある
ので、よく見えず残念。
 本堂内にはほかに、南北朝~室町時代前期の阿弥陀如来立像や平安時代中期ごろの地蔵菩薩立像なども安置さ
れるが、こちらも遠い。入れ替え制で強制的に解説を聞くパターンなので、自由に拝観できず、かつ時間を取られるの
もつらいが、それでも気軽に拝観できる機会があるのは、ないよりもいい。

東福寺
 特別名宝展 聖一国師の遺宝-法をつたえ 宝をまもる-
(4月21日~5月6日)
光明宝殿に特設会場を増設して、東福寺開山の聖一国師・円爾弁円(1202~1280)に関連する重要資料を展観。聖一
国師度牒(重文)、聖一国師戒牒(重文)、東寺天台血脈図(重文)、無準師範墨蹟円爾印可状(国宝)、禅院額字・勅
賜承天禅寺(国宝)、藤原道家像(重文)、聖一国師像(重文)、東福寺条々(重文)、聖一国師墨蹟遺偈(重文)等が、
露出で(!)、目の前50㎝に(!)展示。至福のひととき。なんといっても勅賜承天禅寺の額字の身震いがする雄渾さ。
また南宋時代の円爾弁円有髪像は未指定であるのが不思議な重要作例。図録ないが、『東福寺の国宝』(東福寺編
集発行、24頁、600円)購入。
 光明宝殿では万寿寺の阿弥陀如来坐像(重文)や金剛力士立像(重文)、三門安置の二天立像もじっくり鑑賞。三門
楼上にも登り、釈迦三尊・十六羅漢像拝観。さらに塔頭同聚院で康尚作の不動明王坐像も拝観。

5月6日
高野山霊宝館
 特集陳列 越前丸岡藩主 本多重昭の奉納品~重要文化財から羊の角?まで~
 小特集 江戸時代の絵画
(4月28日~7月8日)
 多種多様な高野山の文化財の中から、普段は注目されない2つのテーマで展観。「本田重昭の奉納品」では、柿木
九尊像(浮彫九尊像)など仏教美術の名品とともに、蒔絵合子入真珠・白小石や卵形黒石、卵形黄褐色練玉、茶褐色
玉石、能作生、如意宝珠、黒褐色丸石、羊角、練玉(弁天玉石)などなど、信仰の所産である霊験ある貴石(奇石)をず
らり。近世におけるハイカルチャーの担い手たる藩主クラスの人物が、実は心の支えとしていたのがこうしたマジカルア
イテムであり、そうした人びとの信仰の実像に触れうる貴重な機会。
 「江戸時代の絵画」では、池大雅筆の山水人物図襖(国宝)を目の前でどどーんと展観。圧巻。ほか狩野探幽、狩野
常信、貫名菘翁の作品も。高野山は近世・近代絵画の宝庫でもある。図録なし。一緒に入った子×2の行儀が悪かっ
たので(遊園地つれてけと言われて博物館に行ったら、確かにこうなる)、泣く泣く走り見して、鑑賞後、護摩壇山まで行
こうかと思ったが、突然の雷雨であきらめる。その後、大雨がうそだったかのような晴天。山頂からの景色はいかほど
であったかと、少し残念。

5月11日
早稲田大学會津八一記念博物館
 特集展示 館仏三昧-早稲田仏像コレクション-
(4月11日~6月12日)
 館蔵品の會津八一が集めた仏像、富岡重憲コレクション、 森靖コレクションの仏像を紹介する「観仏三昧」ならぬ「館
仏三昧」展。近年寄贈された森靖コレクション中の観音菩薩三十三応化身像(6躯)に注目。像高35センチほどで、頭
部が大きいプロポーション、眼のつり上がった宋風の風貌、なで肩でずんぐりとした砲弾のような体型、鋭く立体的な衣
紋や袖がゆったりと大きい衣の表現が特徴的で、うち1躯の頭部内面に至徳元年(1384)銘と「大和朝春」の名があ
る。旧所在地は不明ながら、宋風(唐様)の顕著な本群像の制作年代が判明する点が貴重。ほか、富岡コレクションの
菩薩立像(11c)は谷崎潤一郎、志賀直哉の元所蔵資料。図録あり(18ページ・200円)。

東京国立博物館
 ボストン美術館 日本美術の至宝
(3月20日~6月10日)
 ボストン美術館所蔵の日本美術コレクションを展観。法華堂根本曼荼羅や平安仏画など仏画の優品が目白押しで嘆
息するが、来館者も多くじっくり見ることもかなわないので、贅沢にチラ見。本地仏を描く熊野曼荼羅図(鎌倉)をしっか
り見ておく。愛染明王(神蔵本地仏)が上部中央に、那智滝と千手が上部右に、阿弥陀・薬師・千手が雛壇下部に配さ
れる構図。金剛童子が並ぶ下部に如来立像があるのはなんだろうか…。仏像では快慶作の弥勒菩薩立像、康俊の僧
形八幡神像をじっくり確認。絵巻も諦めて肩越しにチラ見。巡回先でまた見る機会を作りたいところ。会期中展示替え
なしはありがたい。図録あり(282ページ、2300円)。

 特集陳列 平成二十四年新指定国宝・重要文化財
(4月28日~5月13日)
 新指定国宝・重文のうち、2件を除くすべてを展示。彫刻の大作は彫刻室で分離展示。和歌山では金剛峯寺の執金
剛神・深沙大将立像が、執金剛神像銘記から快慶作と判明したことで指定され、うち深沙大将像が独立ケース内で展
示。矧ぎ目の部分的な遊離や鎹の錆による浮き上がりなども目立つ。ほか、箱根神社の男女神像(平安時代)、海門
寺の千手観音坐像(保元3年)、与喜天満神社の天神坐像(正元元年)、弥勒寺弥勒仏坐像(平安時代)、文化庁の天
王立像(平安時代)など、じっくり鑑賞。彫刻の指定は、新出や既知のもの、仏像・肖像・動物彫刻など尊種もさまざまで
充実。清浄華院の阿弥陀三尊像も、国宝で納得。

東京藝術大学大学美術館
 近代洋画の開拓者 高橋由一
(4月28日~6月24日)
 東博資料館、東文研閲覧室で資料集めをして、時間が少しあったので芸大美術館に飛び込む。高橋由一の画業の
全体像が一目に見られ、有益。鮭図3点の展示空間がかっこいい。

 芸大コレクション展 春の名品選
(4月5日~6月24日)
 芸大コレクションがずらり。修復された浄瑠璃寺吉祥天厨子絵をじっくり鑑賞。この厨子絵について記したリーフレット
(A3二つ折り)も研究資料として有益で、掲載されている四天王の修理前の彩色の遊離状況を示す写真は衝撃的。修
理しないと絶対に動かしたくないレベル。

5月12日
皇學館大学佐川記念神道博物館
 特別展 神社名宝展-参り・祈り・奉る-
(4月29日~5月26日)
 大学創立130周年・再興50周年の記念展として、全国大社の宝物を各数点ずつと(第1部)、神社境内図・参詣曼荼
羅(第2部)を展示。展示作品数は全66件。主なものとして、太宰府天満宮(重文・梅月蒔絵文台)・住吉大社(重文・住
吉松葉大記)・松尾大社(重文・男神坐像)・石清水八幡宮(重文・類従国史)・八坂神社(重文・太政官符)・大神神社
(三輪山縁起)・春日大社(春日権現験記絵<岡田為恭模写>)・熱田神宮(重文・日本書紀)・真清田神社(重文・舞楽面
天童)・多度大社(重文・多度鏡)のほか神宮(伊勢神宮)の資料。神社境内図では若宮御祭礼絵巻物(春日大社)、熱
田神宮古絵図、祇園社絵図、松尾神社絵図、三輪山絵図、参詣曼荼羅では富士浅間曼荼羅図、多度参詣曼荼羅図、
熱田神宮古絵図等を展示。
 1部・2部では内容に連続性はなく、展示全体で明確なストーリーを提示するものではないが、諸社の絵図類が一堂
に集まる貴重な機会。なんといっても、神道系大学で神像(松尾大社所蔵)が展示されていることの画期的な意味を強
調したい。図録あり(230ページ・3000円)。ほかに全資料の図版掲載した無料のリーフレット(22ページ)も。鑑賞後は内
宮参拝し、おかげ横町を散策して、外宮に参拝。式年遷宮の準備が着々と進む。

6月2日
兵庫県立歴史博物館
 特別展 鶴林寺太子堂-聖徳太子と御法の花のみほとけ-
(4月14日~6月3日)
 鶴林寺太子堂が、天永3年(1112)に法華三昧堂として建立され、のちに聖徳太子信仰の場となった歴史的展開に焦
点をあて、法華信仰、太子信仰に関わる資料を集める。
 展示の力点は第2部「太子堂創建-御法の花のほとけたち-」におかれ、太子堂障壁画の赤外線画像とともに、そ
こに広がる九品来迎図・仏涅槃図・三千仏図・八大菩薩と十二神将・二菩薩と十羅刹女と八部衆・倶利伽羅龍剣と五
童子・不動明王と三童子等などの画題のイメージを明確にするため、各画題の実作例を諸家より集める。ただその意
図は展示室内で少し掴みにくく、各作品の解説に太子堂障壁画との対応関係を一言示しておけばより効果的だったの
では。
 第3部「太子堂改築-聖徳太子をしのんで-」では鶴林寺本、四天王寺本、斑鳩寺本の聖徳太子絵伝を並べるほ
か、天蓋(重文、平安後期)、二臂如意輪観音半跏思惟像(平安後期)、行堂面(鎌倉)、獅子頭(鎌倉)や天正4年
(1576)銘の朱漆塗机など鶴林寺の名宝を展示。今秋の鶴林寺新宝物館のオープンも楽しみ。
 仏画や経典の優品が多く、結果展示替えも多かったようで、出陳リストをウェブで公開してくれていたらありがたかっ
た。図録あり(178ページ、1800円)。
 鑑賞後、甲冑着付け体験に参加して、恥ずかしがる子に着させて楽しむ。

6月9日
佛教大学宗教文化ミュージアム
 特別展示 愛宕信仰のひろがり-諸霊山とのネットワ-ク-
(5月26日~6月24日)
 愛宕信仰のあり方を金蔵寺護摩堂の勝軍地蔵騎馬像(江戸時代)などから提示し、その全国への展開の一面をパネ
ルを用いて示す。愛宕山麓、般若寺の十一面観音立像(平安前期・9c)は、一木造、等身大の像で、露出展示で周囲
から間近に鑑賞できる。
 本展単独の図録はないが、昨年の特別展「愛宕山をめぐる神と仏」の図録(116ページ)が発行され(平成24年4月発
行)、無料配布されている。所収の論文、近藤謙「アタゴの神の変貌」はアタゴ神の発祥と展開を緻密に分析していて有
益。

7月1日
和泉市いずみの国歴史館
 特別展 ほとけのかたち-和泉市内の仏像・仏画展-
(5月19日~7月16日)
 和泉市史編纂事業に伴う調査で把握されてきた仏教美術を展観。注目は、施福寺の大日如来坐像の小像。像高22.
4㎝、針葉樹(たぶんヒノキ)、両手が当初か候補かの見極めが必要であるが、9世紀半ばから後半にかけての密教尊
像。台座は蓮肉部上縁で裁ち落とされてるが本体と共木であったのでは。冠ゾウ(リボン)が背面に垂れることなど密
教図像に忠実。尊格については、なお検討の余地あり。ほか、平安末~鎌倉初期の羅漢寺大日如来坐像、平安時代
期ごろの施福寺地蔵菩薩立像や松尾寺の仏画など。施福寺には興味深い作例が多いことを改めて認識。図録あり
(18頁、300円)。

7月7日
東大寺ミュージアム
 特別展 奈良時代の東大寺
(2011年10月10日~2013年1月14日)
 和歌山県文化財研究会の見学会にボランティアで参加して解説。「天才仏師運慶を生んだ奈良」をテーマにしてルー
トも選定。
 まず南大門仁王像前で、惣大仏師運慶の作であることを解説。東大寺ミュージアムでは、不空羂索観音立像と宝冠
について、館内外で解説し、奈良時代彫刻とそれに大きな影響を与えた唐様式について解説。大仏殿にもまわり、重
源による復興造営、公慶による復興造営について話し、大仏拝観。

長岳寺
 長岳寺を訪問し、本堂でご住職の軽妙な法話を拝聴し、続いて阿弥陀三尊像について解説。造像を発願した願主憲
幸について、同時代様式(定朝様式)との差異、それを導いた奈良時代彫刻からの学び、奈良仏師の活動圏の地理
的・文化的特徴、それから推測を多分に含ませながらの造像背景の解説を行う。仏師と願主は新しいものを造ろうとし
たのではなく、典拠を異とする「あらたかなもの」を造ろうとした、という仮説を開陳。

石上神宮
 国宝の拝殿内にて正式参拝の後、禰宜さんから神宮や物部氏、魂振りの神事等についての解説を拝聴。その後摂
社の国宝拝殿を見学。もと、永久寺鎮守社拝殿であることと、永久寺の歴史、修験の三十六大先達の一つで、和歌山
とも実は縁があることなど解説。

7月16日
秋吉台国際芸術村
 柴川敏之展 2000年後の化石絵巻
(7月2日~7月29日)
 秋芳洞、秋吉台をめぐって、近くの秋吉台国際芸術村へ。山中の桃源郷のようなところ。
 身近なものの表面に錆の堆積風塗装を施して、2000年の時を経て出土したものと見立てる展示。2000年後の未来の
視点から現代を考えるきっかけに、とのことだが、錆びを表す技法が秀逸で、多分この技法が先にあって、コンセプト
が後からついてきたのではあるまいか。あまり教条的にならずに、もっと素直に、プラスチックでもガラスでも紙でも、錆
びないものを錆びさせてしまうことの面白さをアピールし、その「錆び」という現象に意味を持たせればよいのに、と思
う。

7月17日
厳島神社・大願寺・大聖院・宮島歴史民俗資料館
 宮島、初上陸。厳島神社で建築物をじっくりと見、根継作業など見学。社殿の壮麗さもすばらしいが、海中の鳥居、社
殿裏の禁足地の森、背後の弥山を含めた信仰環境を体感できた。厳島神社宝物館で社宝を、大願寺で釈迦三尊像
(重文、鎌倉時代、元大経堂本尊)、薬師如来坐像(重文、平安時代末、元多宝塔本尊)、大聖寺で本尊十一面観音立
像(鎌倉~南北朝時代頃)、不動明王坐像(平安時代、重文)を拝観し、多宝塔(大永3年<1523>、重文)、五重塔(応
永14年<1407>、重文)、豊国神社(元大経堂、天正15年<1587>、重文)を巡る(妻子は付き合ってくれず土産物屋巡
り)。弥山に登れなかったのが心残り。いつか、きっと。
 宮島の歴史について知りたいと思い宮島歴史民俗資料館にも立ち寄るが、NHK大河ドラマ関連の特別企画で市主催
のイベント会場と化して「平清盛館」と命名され、出演キャストとか撮影小道具とか意味不明の展示で内容も薄い。清盛
関連の浮世絵などもあるが1年館展示替えしなさそう。資料館を空虚な場とし、歴史資料を浪費している現場を見るの
もつらいが、「ブンカってこんなものでしょ?」と主催者側が本気で思っているらしいことも透けて見えて悲しい。

7月29日
奈良国立博物館
 特別展 頼朝と重源-東大寺再興を支えた鎌倉と奈良の絆-
(7月21日~9月17日)
 主催に東大寺と鶴岡八幡宮が入り、両寺社の関わりの深さの中で企画される。これまでにも奈良博では鎌倉期の東
大寺復興造営や重源については取り上げられてきたが、こうした主催のあり方から今回は、重源から大勧進職を引き
継いだ栄西・行勇についてとりあげた「第4章 栄西そして行勇へ-大勧進の継承-」や、頼朝の鎌倉における信仰の
あり方を示した「第5章 頼朝の信仰世界-鎌倉三大寺社の創建と二所詣-」、手向山八幡と鶴岡八幡の名宝展であ
る「第6章 八幡神への崇敬」が設定され、新鮮な視点を提示する。
 大仏の寸法を細部まで書き記した東大寺中性院・大仏像寸法注文や重源上人坐像、阿弥陀如来立像、地蔵菩薩立
像、来迎寺の善導大師坐像、神護寺の源頼朝像、文覚上人像、甲斐善光寺の源頼朝坐像、伊豆山神社・伊豆山権現
立像、阿弥陀寺・文殊菩薩立像、東大寺・僧形八幡神像などをしっかりみておく。阿弥陀寺像は裙の細かな衣紋が善
円の文殊菩薩立像(東博)とも通じる宋風顕著な作例。子連れで鑑賞に時間をかけられなかったので、文書類はさらっ
と。図録あり(224頁・2000円)。
 奈良仏像館では、桜井市外山(とび)、慈恩寺の阿弥陀如来坐像が公開中。正統的な定朝様の丈六像。奈良博所蔵
の9世紀の阿弥陀如来坐像は、弥陀定印を結ぶ最古の彫像か。両手先が少し離れてしっかり組んでいないのが不思
議だが、それもまた初期作例っぽい。

城陽市歴史民俗資料館
 特別展 天地を巡る日月星宿-七夕・乞巧奠と夏の大祓-
(7月7日~9月2日)
 夏の行事である七夕や夏越の祓いなど天文に関わる年中行事の由来や歴史について展示。陰陽道に関わるものと
して、宇治市・旦椋神社の大将軍神像19躯を展示。小像ながら、全て平安時代後期の作。萬福寺の天部半跏像は平
安時代後期、11世紀前半ごろの作か。武装する天部が左足を垂下して座る姿。もと久世神社内陣に毘沙門天として安
置されていた像。小さな企画展示室内にぎっしりと天文に関する展示を詰め込むが、鑑賞空間や導線を確保できず苦
労の跡があちこちに。図録あり(18頁・390円)。

8月12日
京都国立博物館
 古事記1300年・出雲大社大遷宮特別展覧会 大出雲展
(7月28日~9月9日)
 出雲地域の歴史と文化を、古代~中世を中心にしてさまざまな文化財から提示。個人的には多数出陳されている神
像に注目。清水寺の摩多羅神坐像をやっと拝観。像内墨書名から嘉暦4年(1329)、南都法橋覚清によって摩多羅神
として造像されたことが判明。本像とともに仮面も見つかっていると聞くので、美術史だけでなく、芸能史上においても
重要な作例。万福寺(大寺薬師)の老相神坐像は、頭頂に髻を結い上げはだけた胸にあばらが浮き出た老相の神像。
背を強く反らせた側面感など古様で、10世紀後半ごろか。道教の神仙にもみえる。これに似た作例として、鰐淵寺男神
坐像も髻を結いあごひげがある晦渋な表情が特徴的。痩せた老人の姿の神、という類型に意識をむける必要性を痛
感。同じ鰐淵寺童形神立像は不思議な形の持ち物を地面に突き立て足で踏み込む姿。解説では鋤とみて農業神と捉
える。横田八幡宮の騎馬神像は馬上に乗る童子神をあらわす。同社は建久7年(1196)に石清水八幡宮の別宮として
勧請されたとされ、製作時期の上限はそこか。ただし作風上は平安後期風が強い。神像の「藤末鎌初」の判断を作風
から行うのは極めて難しいので、勧請時期は重要な情報。図録あり(336頁、2300円)。東京国立博物館でも特別展「出
雲-聖地の至宝-」(10/10~11/25)が開催されるが、別の体制での開催であり内容も変わるようで、図録もそれぞれ
別物。

8月16日
大阪人権博物館
 企画展 たたかいつづけたから、今がある-全療協60年のあゆみ 1951年~2011年-
(7月24日~8月26日)
 国立ハンセン病資料館で2011年に開催された展示をベースにして開催。全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療
協)によるらい予防法改正・患者作業の職員化・生活費の確保・医療の充実・社会保障の確立・療養所内の整備等と、
らい予防法廃止及び国の責任を認めさせるに至った60年間の取り組みの歴史を、主に写真パネルにより展示。図録
なし。 ハンセン病患者への差別の問題については、常設展示でも取り上げられている。
 同館は大阪府・大阪市からの補助金が来年度から打ち切られる方針であるが、その理由は市長(元府知事)の「お
かし過ぎる!いつもの差別・人権のオンパレード」「どうしてもネガティブな部分が多い」「僕の考えに合わない」といった主
観に基づき、また「夢や希望に向かって努力しなさいと教える施設に」なっていないともいう(朝日新聞2012年5月18日
大阪版記事による)。しかしリニューアルされた展示は、我々が生きる社会にはさまざまなひずみがあり、そのひずみ
を大きくする要因が「無知」であり、また「無知」のままではひずみを認識することも難しいということを、様々な事例を通
して訴えているものである。そうした展示意図を理解しないまま、自らの無知に気づかないまま、対象を不要と切り捨て
られるその頑なな態度こそが、差別と人権侵害の基礎構造であると思う。
 リニューアル後の展示では、全館的にパネルを多用して、多くの知識を伝えようという方針でリニューアルしたもよう。
ただし、何か本を編集しているような感覚であるのは残念で、やはり博物館は、もっともっと資料に語らせるべきであ
る。たとえば、血液製剤によりHIV感染し死亡した画家を夢みていた岩崎孝祥さんの展示部分、せっかく絶筆の桜の花
のスケッチを展示しているのに、なんの情報もなく見る側にその壮絶さを伝えられていない。桜を見たいと母に訴え、必
死で探してきたつぼみの桜をたどたどしく描き(衰弱しきったその手が描いた線は、もう桜の輪郭もたどれていない)、
疲れたといって途中であきらめたというそのエピソードは、胸に迫る(この内容は新聞記事で知った)。
 こうした資料が語る歴史や、またさまざまな人々の意見を取り込み(同館の「証言の部屋」というビデオブースは重
要)、「他者」の歴史を自らに重ねていくことこそが成熟なのであり、そうした成熟のない「夢や希望に向かって努力」な
ど、薄っぺらく口当たりのいいストックフレーズにすぎない。博物館の展示には、見る人のまなざしを変える力があるは
ずだ。重い真実を伝える場が、軽々しいストックフレーズで刈り取られる現在であるがゆえに、博物館は、そして研究者
は、その重い真実を人々の心に、敬意をもってきちんと届けていかなければならない。 

8月17日
聖林寺
 実家での法要を終えて帰宅途中の午後、まっすぐ帰るのも物足りないしと、聖林寺に立ち寄る。国宝・十一面観音立
像をしばし拝観。手元に背面写真がなかったので、ちょうどいいなあと絵葉書購入。

奈良県立万葉文化館
 企画展 大和望郷 金森良泰の世界 
(8月9日~9月25日)
 もうちょっとどこかいきたいなあと、万葉文化館へ。金森良泰のフレスコ画を鑑賞。画題に唐招提寺の仏像や、東大
寺大仏蓮弁の群像、有志八幡講十八箇院の阿弥陀聖衆来迎図などを用いたもの多し。キトラ古墳の四神図の復元が
秀逸だった。フレスコ画の製作工程もパネルで提示され、勉強になった。図録あり(1000円)。

奈良文化財研究所藤原宮跡資料室
 随分立ち寄ってなかったので、藤原宮跡資料室を訪問。以前は土日祝は開いてなかったが、今は年中無休。何を見
ようというわけではなかったが、展示室の最後、数点のかわらけに描かれた人物墨画が平安末の絵巻風の伸びやか
なもので、興味深い。人物の脇に文殊菩薩などとも書き入れあり。資料の詳細が展示室内に何もなかったので、詳細
不明。常設図録買えばよかった。

9月1日
パラミタミュージアム
 開館10周年記念特別企画 祈りと救いの美 南都大安寺と観音さま展
(8月30日~10月10日)
 奈良・大安寺と三重県内の観音像を軸に、近隣県から観音像の優品を集めて展示。愛知県・平勝寺の聖観音菩薩
坐像(重文)は像内に平治元年(1159)銘がある丈六菩薩像の基準作例。残念ながら台座・光背は未出陳。ほか三重
県・宝厳寺、瀬古区、奈良県・置恩寺、長谷寺、和歌山県・円満寺、法音寺、薬王寺の十一面観音菩薩立像など個性
的な像が並ぶ。浜松市美術館、泉屋博古館、大阪市立美術館、大和文華館所蔵の中国製金銅仏にも目配り。
 展示室は1室のみで、黒色の背景のもと、35躯の観音像を整然と林立させ、照明をやや絞って印象的な展示空間作
りを行っており、大変魅力的。細部の鑑賞のために、係員さんに声を掛ければ懐中電灯貸し出しサービスもあり。
 特定の尊像に絞った展示、最近はありそうでなかったが(何のためにやるのか、という展示コンセプト作りが難しい)、
大安寺領の大安町(現いなべ市)つながりを軸に、館名の由来である般若心経冒頭に「かんじーざいぼーさーぎょーじ
んはんにゃーはらーみーたーじー…」と登場しその智慧の象徴である観音を結びつけた力技で、貴重な機会を作って
いただいたことに感謝。
 なお同館所蔵の目玉作品である、長快作の長谷寺式十一面観音立像は同展出陳品という扱いではないが、興福寺
禅定院旧在と推定される像であり併せてご鑑賞を(一階通路に展示)。図録あり(70ページ、1000円)。
 「熊谷守一展-孤高の青空-」が同時開催中。赤い輪郭線の可愛い猫だけ見てると想像できない画風展開を知る。

名古屋市科学館
 空飛ぶのりもの~大空から宇宙まで
(7月21日~9月2日)
 ライト兄弟が作った最初の飛行機の復元機など展示。イベント的な展示でまとまりなく、内容はもう一つ、という印象。
子はフライトシュミレーターのゲームなどして楽しんでいたので、まあよし。それよりも常設展の膨大な展示量に圧倒。
施設中、歩き回って、触りまくって、子と楽しむ。来館者も多くご同慶の至り。見学後、トヨタテクノミュージアム産業技術
記念館にも立ち寄り、車など見る。子は仏像より、飛行機や車。まあ、当然ですね。

9月9日
長浜市長浜城歴史博物館
 特別展 湖北の観音-信仰文化の底流をさぐる-
(9月7日~10月14日)
 2010年、伊香郡高月町や木之本町など6町が新たに編入された長浜市。市域の寺院や堂舎に所在するさまざまな
観音菩薩像を、長浜城歴史博物館と高月観音の里歴史民俗資料館の2会場で集約して展示(ただし長浜会場9/7~
10/14、高月会場9/12~10/21)。赤後寺菩薩形立像(9c、重文)、来現寺聖観音立像(10c、重文)、充満寺十一面観
音立像(10c、重文)といった南都や比叡山の影響によって造像された等身大の優品とともに、田中自治会、夫馬自治
会、川並自治会、西山自治会など、村落単位で造像され継承された平安後期の観音像などに大きくスポットをあて、地
域社会が大切に仏像を守り伝えてきた歴史の蓄積にまで視野を広げる。
 全6章の展示構成上、導入部分に相当する「1、湖北の観音信仰と己高山」(己高山縁起など古文書や版木による展
示)が3階、2章・3章を主体とする仏像群の展示が2階に別れたり、同じ章の資料が2階・3階に分散するるなど、章立
てと展示の導線には混乱があるが、城型の資料館という構造上の問題で、鑑賞上は特に違和感はない。
 会期前のため高月会場の展示を鑑賞できず残念だったが、同一の自治体内の展示施設が連携して、地域史を掘り
起こす大規模な展示を構築するあり方はとても重要で、今後の展開も期待したい。2つの会場の出陳資料を全て掲載
した図録あり(B5版、166ページ、1800円)。

竹生島宝厳寺
 長浜港から乗船して竹生島へ。本堂参拝し、子に朱印帳を購入して朱印を捺してもらう。スタンプ集めのノリで寺巡り
に付き合わせる算段。宝物殿では「江・浅井三姉妹心の源流-浅井氏の竹生島信仰と秀吉の大望-」のテーマで展示
中。浅井寿松奉納の弁才天坐像(永禄9年)、院派仏師の宝冠釈迦如来坐像(南北朝時代)など拝観。塔頭月定院内
では、浅井久政奉納の弁才天坐像(永禄8年)を公開中。唐門(国宝)、観音堂(重文)、都久夫須麻神社本殿(国宝)も
拝観し、子にかわらけを投げさせ、かき氷食べさせて、あっという間に乗船時間。満喫。
 帰り際、彦根城へ立ち寄り、夕方近くなので博物館はあきらめて登城。さすがにひこにゃんはいないや。そういえば長
浜城では「しまさこにゃん」グッズを販売してた(島左近って認知度どれくらいなんだろう)。強引だけど、楽しい。

10月11日
高野山霊宝館
 企画展 天皇の霊宝-王朝が見た高野山-
(9月29日~12月16日)
 資料借用で訪問して展示も見学させてもらう。平安時代から近~現代までの、天皇家からのさまざまな奉納品を集
約。宝亀院の十一面観音立像(重文)は、観賢が延喜21年(921)に高野登山の際、宮中二間観音を模刻して安置した
と伝承されるが、作風は9世紀に遡る檀像の優品。富士額に表した異国風の風貌とあわせて、そのルーツが何か興味
深い。ほか、彫刻では如意輪寺の如意輪観音坐像(重文)。ほか近世の歴代天皇の冠や、墨蹟など。図録なし。

10月21日
岐阜県博物館
 特別展 飛騨・美濃の信仰と造形-古代・中世の遺産-
(9月21日~10月28日)
 岐阜県での国体開催にあわせて、県内の宗教文化に関わる優品を、指定物件を中心に集める。常楽寺菩薩形坐像
2躯(重文)は、平安時代初期の珍しい奏楽菩薩像で、動きのある体勢、生き生きとした面貌表現に優れる。岩滝山奉
賛会毘沙門天立像(重文)は、和風の兜を着ける珍しい姿。一般に、類似する動勢の願成就院や浄楽寺の運慶作毘
沙門天像などとの比較から、鎌倉時代初期の慶派作例と評価されるが、側面観での体型や姿勢は平安時代後期の要
素が強く、なお検討が必要な作例。平安時代末の奈良仏師作例か。願興寺阿弥陀如来坐像(重文)は、運慶第二世代
の典型的な、優れた水準の作例。仏画では永保寺千手観音像(重文)が、南宋仏画の優品。眼福。来振寺の五大明
王像(国宝)も。森水無八幡神社の神像10躯(重文)は平安時代後期の群像。威相の男神像で、巾子冠 ・袍を着け笏
を執る同一の形状ながら、造像時期に違いがあり、数グループに分かれる。数十年ごとに神像を新たに作るようなこと
があったものか。のんびりした風貌の阿多由太神社随神像(県指定)、平安時代後期とされるが、作風からはもう一つ
はっきりしない。あるいは年輪年代法で最外輪を測り、造像年代の上限を押さえるようなことも効果的かもしれない。
 初見資料が多く、さまざまに思いを巡らせることができて、大変充実した気分。地域の優れた文化財の情報を共有さ
せてもらえるこうした機会は、本当にありがたい。会場では、当日に講演会をされる大先生の姿をお見かけしてご挨
拶。図録あるも、売り切れとのことで残念。代わりに『岐阜県の仏像』(96ページ)を購入。
 博物館がある岐阜県百年公園では、オータムフェスティバルというイベントで大賑わい中。子らは仏像は見ずに、イベ
ントで開催中の化石クリーニングの体験。地場の名産を出した屋台をはしごして昼食。楽し。

かがみがはら航空宇宙科学博物館
 飛行機大好きの長男のために、飛行機の街・各務原の同館で午後を過ごす。ででーんと鎮座ましますYS11やP-2J
対潜哨戒機、US-1A救難飛行艇、STOL実験機飛鳥などなどに、大人も子どもも夢中。YS11は機内にも乗り込める。
博物館展示としては、飛行機の揚力をいかに増やしていくか、という試行錯誤を展示の軸にしている模様。

10月27日
大津市歴史博物館
 企画展 阿弥陀さま-極楽浄土への誓い-
(10月13日~11月25日)
 法然入滅800年、親鸞入滅750年の節目に、浄土信仰発祥の要地・比叡山を抱える大津市で、新発見資料を多数含
む、さまざまな阿弥陀如来像を集める。
 西教寺本尊の丈六阿弥陀如来坐像(重要文化財・平安時代後期)の光背に取り付けられる化仏と飛天が、直近の調
査で造像当初のものと判明、そのうち化仏4躯を出陳。院政期における丈六阿弥陀像の荘厳のあり方を伝える、貴重
な事例。
 作風から鎌倉時代の院派仏師作例と推定されるものとして、世尊寺阿弥陀如来及び両脇侍像の脇侍や、徳乗坊阿
弥陀如来立像、妙盛寺阿弥陀如来及び両脇侍像、浄国寺阿弥陀如来及び両脇侍像が展示。浄国寺像は、近時の修
復により綺麗に塗り直されているが、極めて精緻な金銅透かし彫り光背に圧倒される。
 表面加飾の特殊な作例として大超寺阿弥陀如来立像は、鎌倉時代半ば頃までの造像と見られるが、衣や袈裟にび
っしりと、形式化していない豪華な盛上彩色が施される。一般に盛上彩色の最盛期は南北朝時代であるが、宋風受容
という点とも併せて、その発生の時期について考える上での貴重な一事例。
 近時、行快(快慶弟子)作例と判明した、西教寺阿弥陀如来及び両脇侍像(足ほぞに「工匠法橋行快」銘)、浄信寺阿
弥陀如来立像(足ほぞに「■■法橋行■」銘)や、推定行快作例(及び行快工房作例)として遍照寺・西岸寺・峰定寺・
華階寺・青龍寺の阿弥陀像を展示。行快研究の水準を押し上げる貴重な調査研究成果で、今後の論文化が待たれ
る。
 絵画資料では、髪部に人毛を植え込んだ安養寺の阿弥陀来迎図(南北朝時代)、滋賀院の阿弥陀八大菩薩像(高
麗)、本福寺親鸞聖人像(室町時代)などなど。ほか、市域の浄土宗寺院に伝来する仏像・仏画についても、新規調査
の成果を踏まえて多数展示される。図録あり(144ページ、1500円)。

10月29日
奈良国立博物館
 第64回正倉院展
(10月27日~11月12日)
 恒例の正倉院展。阿弥陀二十五菩薩像を自館で展示中なので、甘竹簫、鉄方響に興味をもって眺める。今年、「最
重要資料」の扱いを受けているのは、瑠璃坏。紺色のガラスに銀製台脚がついて、豪華さを増す。本作品のみ、最前
列で見る場合は、別の列に並ぶ方式。密陀彩絵箱は、唐草や鳳凰、怪魚等を大変おおらかな画風で描きながら、文様
配置は整然と計画されている。その不思議な魅力に引き込まれる。紫檀小架の小さくて、細密で、華奢なその造形と、
昨日作ったような輝きに驚き。図録あり(144ページ、1200円)。正倉院展を見るときは、常に「近代」を意識するが、さす
がに図録概説(西山厚氏)では、宝物を守った人々の心に寄り添うというスタンスによって、国家主義からは絶妙に距
離を置いていて、勉強になる。
 帰宅途中、奈良市八島町の嶋田神社に立ち寄る。同社本殿(奈良市指定文化財)は、もと春日大社本殿第三殿とし
て宝永6年(1709)建立、享保12年(1727)の遷宮に伴い祟道天皇社本殿(現祟道天皇八嶋陵)として移築し、明治19年
(1886)に近隣の嶋田神社と合祀して移築されたたもの。

11月1日
龍谷ミュージアム
 特別展 “絵解き”ってなぁに?-語り継がれる仏教絵画-
(10月13日~11月25日)
 仏教者による唱導の一形態である「絵解き」のあり方を、絵画資料を中心とした多数の資料を集約して「絵解」いた、
意欲的な内容。絵因果経の諸本、金戒光明寺地獄極楽図、道成寺縁起、各種の寺院縁起絵や高僧絵伝、参詣曼荼
羅などなど、指定物件の優品から、近時見出された新出のものまで、各地に伝わる唱導関連資料に細かく目配りして
資料を集める。珍しいものでは、西南院の巨大な当麻曼荼羅版木(江戸時代)なども。彫刻では、近時報告された、天
正2年(1574)銘の長命寺釈迦如来坐像が初公開。展示替えがかなりあり、全資料の鑑賞にはさすがに至らないので、
WEB上に展示替え表が欲しいところ(会場にはあり)。図録(224ページ、2200円)あり。大変読みやすく、充実の執筆陣
によるコラムも多数あって、優れた内容。龍谷ミュージアム、初年度の長期間にわたる開館記念展を終えたところであ
るが、その後の方向性や目指す役割がしっかりと提示された展示であると思う。

東寺【教王護国寺】宝物館
 弘法大師行状絵巻の世界-東寺と弘法大師空海-
(9月20日~11月25日)
 東寺本の弘法大師行状絵(重要文化財、南北朝時代)全巻を展示。ただし展示替えがあって、一度の展示は6巻づ
つ。かつ、展示スペースの関係で各巻は部分的な展示にとどまる。2000年発行の図録『弘法大師行状絵巻の世界-
永遠への飛翔-』を購入して、全画面をながめることにする。

京都国立博物館
 特別展覧会 宸翰 天皇の書―御手が織りなす至高の美―
(10月13日~11月25日)
 宸翰を多数集約する、希有な機会。各天皇の「書」への強い思い入れが、伝わる(展示担当者の天皇の「書」への思
い入れが伝わっているのかもしれない)。個人的には、やはり空海の書、嵯峨天皇の書に魅入られた。空海の筆跡に
視線を沿わせながら、空海の体と自らの体が重なるような感覚を楽しむ。図録あり(2800円)。

大和文華館
 特別展 清雅なる仏画-白描図像が生み出す美の世界-
(10月7日~11月11日)
 密教における白描図像を中心とした優品を数多く集約し、図像そのものの美しさとともに、本画との関係に目配りした
貴重な機会。金胎仏画帖の分蔵される諸本を集約し、醍醐寺仁王経五方諸尊図、奈良国立博物館戒壇院厨子扉絵
図像、仁和寺の高僧図像や十二神将図像、石山寺聖教中の図像類など、目がくらむ…。本画では金剛峯寺善女龍王
像、唐招提寺大威徳明王像、桜池院薬師十二神将像、東京国立博物館諸尊集会図などなど、こちらも充実。図録あり
(140ページ、2100円)。各図像の図版をふんだんに掲載してあり、研究上においても利用価値の高い白描図像全集の
体。精緻な参考文献リストと併せて、仏教美術研究者必携かも。

香芝市二上山博物館
 特別展 役行者、二神の上の峯に登る-二上山と信仰の系譜-
(9月29日~11月25日)
 二上山の文化史的位置について、考古資料と美術工芸資料から提示し、後半で二上山と修験道との関わりについて
示す構成。等身大の大きさの、吉祥草寺役行者及び前後鬼像のほか、聖護院から多く資料を出陳する。葛城修験を
考える上で、関連資料に接することができ、たいへんありがたい。図録あり(28ページ、500円)。

11月4日
鶴林寺
 本堂秘仏本尊特別開帳・鶴林寺新宝物館開館記念特別展
(10月6日~11月25日)
 2002年、鶴林寺所蔵の高麗仏画である阿弥陀三尊像(重文)と、聖徳太子絵伝(重文)が韓国の窃盗団により盗難に
あった。聖徳太子絵伝は窃盗団との交渉で翌年買い戻され、さらにその翌年に犯人は逮捕されたが、阿弥陀三尊像
はなお取り戻されていない。この事件を契機に、セキュリティー強化のために新たに建設された宝物館の、開館記念展
と、慶賛特別秘仏御開帳。
 本堂の秘仏本尊薬師如来坐像(重文、平安時代前期、10世紀)は、前回の開帳に行けなかったため初見。次回は
2057年との由。写真のずんぐりとした印象とは違って、実際の像は腕をゆったりと構え(肘の造形がきちんとなされてい
る)、膝の張り出しも大きく安定した伸びやかな印象があり、10世紀後半とされる造像時期より、古いスタイルも含むよ
うに感じる。太子堂(国宝・平安時代)内陣も公開され、肉眼ではほぼ見えないその壁画に目を凝らす。
 新宝物館では、本堂内陣厨子内安置の本尊脇侍日光菩薩・月光菩薩立像、二天立像(全て重文)が移され、間近で
拝観できる。近世の修理により像表面に厚めの下地が施され、造形がやや甘くなっているが、それぞれ重量感があっ
て、動勢の軽やかさを減じた印象は、10世紀彫像の特徴。10世紀後半造像の圓教寺釈迦三尊像・四天王像と近いの
は確かであるが、中尊像との整合性など、やはりちょっと見ただけでは消化しきれない。
 宝物館内には太子堂内陣須弥壇とその後壁、四天柱が、そこに描かれた絵とともに復元されており、大変参考にな
る(復元は東京藝術大学)。その他、同寺所蔵の指定物件を中心に、仏像仏画がずらり。高麗仏画の阿弥陀三尊像
は、複製が作られ懸けられているが、民族問題が主たる要因となって理不尽にも返却されないのは、返す返すも残
念。図録なし。

11月5日
金剛峯寺徳川家霊台
 徳川家霊台特別公開
(11月1日~11月7日・11月22日~11月25日)
 高野山上、南院の裏手にある、徳川家康・徳川秀忠の位牌所である徳川家霊台の、初の一般公開。寛永10年
(1633)造営に着手し、同20年に落慶した、宝形造の同じ平面の建物が二棟並び、それぞれ瑞垣で区画し、家康霊屋
の前には鳥居を据える。元は近世に高野山聖方の本寺であった大徳院の位牌所で、徳川家光が大檀主となって造
営。禅宗様の建物は複雑な三手先の組物、壁面などを飾るさまざまな彫刻、たくさんの飾り金具に彩られた絢爛豪華
な建造物で、内部も装飾に満ちており、須弥壇上には入母屋造、唐破風を正面に設けた総蒔絵の、これまた絢爛豪華
な厨子を納置する。眼福。

11月7日
福岡市博物館
 特別展 能のかたち-NIPPON 美の玉手箱-
(9月15日~11月11日)
 福岡市博所蔵の能面・能装束コレクションを活用しながら、特に能面の多用なかたちと、制作者(面打)の系譜を、全
国から優品を集めて網羅的に取り上げる。第1部で翁・尉・男・女・鬼神(怨霊面は男女面に含める)の面を示し、第2
部で銘記と焼印に注目して面打をおおむね家別に示す。第3部で福岡と能について取り上げて地域史への目配りをす
る。
 展示替えもあったため一度に全てを眺められたわけではないが、出陳仮面172面を数える、大能面展の体。平成22
年に国立能楽堂で開催された特別展「能面に見る女性表現―女面の成立と変遷―」とともに、能面研究の上で、今後
語り継がれる展示では。図録あり(272ページ、2300円)。面打の焼印の図版が大きく掲載され、とてもありがたい。

西南学院大学博物館
 特別展 キリシタン考古学の世界-今日に甦る祈りとさけび-
(10月19日~12月15日)
 近年、九州各地で出土事例が増えているキリシタン関連の考古資料を集約する。聖なるモチーフがあらわされたメダ
イ(お守り)が多く、島原・天草一揆の拠点となった原城では銅製十字架(ロザリオ)も出土している。天草市立キリシタン
館所蔵の隠し十字仏は、光背・台座を備えた定印の如来坐像であるが、細部の形状に混乱があったりする洗練されな
い造形で、本体を蓮肉ごとはずして迎蓮上にある敷茄子を、台座心棒のやや上に持ち上げることで、心棒を縦軸、敷
茄子を横軸とする十字架に見えるというもの。本当に意図的な工作なのかどうか構造の詳細を知りたいところである
が、隠れキリシタンの過酷さと、その強固な信仰心を垣間見ることができる。図録あり(52ページ、500円)。ヴォーリズ
建築である同館内では、学生さんがパイプオルガンの練習中。倍音が天使の声に聞こえ、幸せ。

九州歴史資料館
 特別展 長崎街道-世界とつながった道-
(10月30日~12月27日)
 長崎街道の冷水越と筑前六宿・内野宿が開かれてから400年という節目に、長崎と上方・江戸を結んだ長崎街道につ
いて、各宿場に関する資料を中心に展示。興味深い絵画資料として、秋月郷土館の島原陣図屏風、九州国立博物館
の川原慶賀筆長崎港図、長崎歴史文化博物館の円山応挙筆長崎港之図など展示。図録あり(112ページ、900円)。同
館が開館されてから初めての訪問なので、他の展示も見て回り、また沖ノ島の世界遺産登録推進のための映像コンテ
ンツをじっくり鑑賞。やはりすごい場所と実感。

筥﨑宮
 八幡三神を祭祀する同宮を初参拝、石鳥居、楼門、本殿、拝殿が重文。楼門には「敵国降伏」の額。モンゴル襲来の
現地を、しみじみ実感する。山崎朝雲による亀山上皇銅像の巨大な木型原型が境内に奉安されているが、拝観できな
いもよう。
 参拝後、夜も開いている福岡アジア美術館に向かうも、無情にも水曜日休館とのこと。残念。

11月24日
国立民族学博物館
 企画展 記憶をつなぐ-津波災害と文化遺産-
(9月27日~11月27日)
 東日本大震災によって、甚大な被害を被った有形・無形の文化財をいかに後世に伝えるかという喫緊の課題に対
し、特に祭や芸能の復興に着目して、それらが被災地域の共同体における紐帯となっている実際を伝える。また人間
文化研究機構による文化財レスキューの活動報告も行う。
 芸能関係資料として、岩手県大船渡市笹崎鹿踊、釜石市虎舞、下閉伊郡普代村鵜鳥神楽の所用具などが展示さ
れ、震災後に行われたそれら各芸能の様子を、映像でも展示。2011年6月に被災甚大な大船渡市内で行われた笹崎
鹿踊の鎮魂の踊りに、自然と涙こぼれる。
 ほか、釜石市鵜住居町の鵜住居神社観音堂に安置され、津波被災した後、救出、修復された、永正7年(1510)銘の
十一面観音立像、江戸期の千手観音坐像、不動明王二童子像を展示。十一面観音は行者系の彫像で、岩手県内で
二番目に古い紀年銘像とのこと。
 図録のかわりに、多数の研究者の論文を集めた、展覧会名と同名の書籍を発行。国立民族学博物館編(編者日高
真吾)『記憶をつなぐ-津波災害と文化遺産-』(財団法人千里文化財団、2012・9)。A5版、186ページ、1500円。 

12月8日
安中市学習の森ふるさと学習館
 企画展 碓氷郡の神と仏
(11月3日~2月3日)
 安中市を中心とする碓氷郡に所在する寺社の文化財を集め、中世~近世における地域の信仰の歴史を概観する。
時宗の拠点、聞名寺からは、善光寺式阿弥陀三尊像(鎌倉時代)や、一遍所持と伝承される袈裟・数珠・払子・持蓮華
と笈、一遍上人立像(室町時代)、他阿真教立像(室町時代)を展示。一遍像は背面に穴が開けられ、納入品を後から
納められたか(図録に正側背の図版あり)。
 満行寺の男神坐像(群馬県指定・鎌倉時代)は、頭巾を着け、長髪で、襟の高い衣を四重(?)にまとって袈裟を着け
て座る。修験における高位の行者の姿をとる。満行寺に隣接する上後閑榛名神社伝来で、その祭神満行大権現の姿
を示す貴重な作例。近年の修理の手が大きく入っているが(虫損甚大だったもよう)、本来の姿を留めている。他にも
女神像や童子形神像もあるとのこと(お寺では公開されているもよう)。また上後閑榛名神社本地堂本尊だった同寺の
勝軍地蔵像(江戸時代)も展示。
 妙義神社所蔵の両手を失う菩薩坐像(室町~江戸時代)は尊名不詳として展示されるが、構造を見る限り、本来は
千手観音像であったことは確実。妙義山の本地仏であったものか。碓氷熊野神社の牛玉宝印版木と宝印も展示。「日
本太一」と版面に刻まれるものは、この碓氷熊野神社宝印の特徴(図録に関連論考として大河内千恵「碓氷峠牛玉と
信玄武将の起請文」あり)。ほか、野殿白山神社太々神楽の神楽面(江戸時代後期)を展示。図録あり(142ページ、
1200円)。

足立区立郷土博物館
 特別展 足立の仏像-ほとけがつなぐ足立の歴史-
(10月20日~12月9日)
 足立区内の寺院調査の成果に基づき、区内所在の仏像を、主に近世の資料を中心に紹介。東善寺阿弥陀如来立
像は、頭部が江戸時代の後補となるが、退部は鎌倉時代の堅実な作風を示す。吉祥院弁才天坐像は元禄6年(1693)
銘を有し、常喜院大日如来坐像は元禄12年(1699)に七条大仏師法橋福田の作。細井家経蔵伝来の釈迦如来立像
は、近世の清凉寺式釈迦像として興味深い。ほか、高村東雲の作例や、西光院の瓦製弘法大師像、セルロイド製の
大黒天・恵比須像なども。地域の仏教系習俗として、釈迦堂の大般若会は大般若経を神輿として巡行したもので、興
味深い。図録あり(222ページ、600円)。区内の寺院ごとに調査成果を提示する。多田文夫「江戸東郊農村の造像と修
理」、萩原ちとせ「足立の産業が生んだ仏像」など地域史を踏まえた好論も掲載される。なお、今年度中に足立区仏教
遺産調査報告書が刊行されるとのこと。

1月5日
名古屋市博物館
 特別展 古事記1300年 大須観音展
(12月1日~1月14日)
 大須観音・真福寺宝生院に伝わる、日本を代表する有数の知のアーカイブスである大須文庫。その善本の数々は、
日本の中世思想史の豊饒さを伝え、また継続中の調査の中で驚くような発見が今も続いている。本展は、この文庫が
いかに形成され、いかに守られ、いかに調べられてきたのかを主題としている。
 弘法大師伝はじめ伝記類、日本霊異記、扶桑略記、水鏡、七大寺年表、続本朝往生伝はじめ往生伝類、東大寺衆
徒参詣伊勢大神宮記、麗気記、大和葛城宝山記、類従神祇本源、大田命訓伝、熊野権現金剛蔵王宝殿造功日記、
本朝文粋、空也誄、和名類聚抄、口遊、古事記…と、展示順に列挙するだけ目が眩むような善本の数々。そしてそれ
らを調べ、保存してきた歴史を、塙保己一による蔵書調査と『群書類従』への採録、尾張藩寺社奉行書による蔵書整
理、明治の宝物調査、黒板勝美による目録作成と文庫整備、近年の栄西著作の新発見や紙背文書の紹介と、大須文
庫の近世・近代・現代史を丁寧に提示する。共催には名古屋大学が入り、またさまざまな連携研究による研究者のつ
ながりを生かしていて、各資料の評価も慎重かつ重厚なものとなっている。
 展覧会の開催に合わせ、図録を兼ねて大須観音宝生院から発行された『大須観音 いま開かれる、奇跡の文庫』
(254ページ、2000円)は、阿部泰郎監修、名古屋市博・真福寺大須文庫調査研究会の編集で、こちらも目が眩むよう
な充実の執筆陣(阿部泰郎・伊藤聡・稲葉伸道・上川通夫・岡田荘司・川崎剛志・末木文美士・武内孝善・近本謙介
等々)。
 一般的な興味から言えば、地味と言えば地味な展示であるかもしれない。しかし奇跡の文庫の軌跡をたどり、その成
果を受け継ぎながら未来へ伝えることの重要性を、地域の博物館が、地域の大学や研究者と連携し、所蔵者によって
書籍も発行しながら展示へと結実させたその意義は極めて大きく、名古屋市博物館の面目躍如たる好内容。

徳川美術館
 企画展示 日本の神様 大集合ー徳川美術館へ初詣
(1月4日~2月3日)
 尾張徳川家伝来資料の中から、神祇に関わるものを幅広くチョイスして展示。取り上げる神々は東照大権現をはじ
め、八幡、伊勢、熱田、春日、天神、柿本人麻呂(和歌の神)、七福神など。ほか祭礼図や能装束、翁面、狂言面、雅
楽器も。徳川美術館所蔵の宗教美術を代表する、石清水八幡遷座縁起絵(重文)や八幡大菩薩像(市ヶ谷上屋敷内
八幡宮御正体)、春日曼荼羅図、熱田社参詣曼荼羅などの中世絵画や、内部に諸尊が精緻に描き込まれ荘厳された
蒔絵舎利厨子などが見どころ。熱田社参詣曼荼羅は伝狩野賢信筆とされるが、こうした参詣曼荼羅の制作者としてな
ぜ近世の狩野派絵師が比定されたのか、参詣曼荼羅の受容史や伝来史という点から興味深い事例。図録なし。

1月12日
京都文化博物館
 重要文化財指定記念 八瀬童子-天皇と里人-
(12月15日~1月14日)
 京都市八瀬地域の歴史と文化を、古文書類を中心に紹介。冒頭、「八瀬童子等」宛に発給された、後醍醐天皇以
降、歴代天皇による諸役免除を伝える25通の綸旨(八瀬童子会蔵)をずらりと並べ、八瀬の特殊性を明示する。薄墨
色の宿紙についても注意を促す。ほか、近世における比叡山との堺争論、明治天皇以降の大喪に輿丁として参加した
歴史を丁寧に追う。村の念仏堂に安置されていた10世紀の十一面観音立像(重文)、12世紀の毘沙門天立像、薬師如
来立像と、近年住友財団の助成で修理された、12世紀後半ごろのやや現実的な風貌で足元に長靴を履いた毘沙門天
立像の4躯(八瀬文化保存会蔵)をじっくり鑑賞。
 長く非公開であった八瀬童子関連資料の調査と公開を積極的に進め、その資料の寄託を受ける京都市歴史資料館
(及び担当学芸員)の成果を、資料一括が重文指定されたことを受け、文博で広く提示する意欲的な機会。図録あり
(94ページ、1500円)。展覧会に協賛し、写真の画像処理や現地景観の大型パネル制作に関わった会社(ニューリー株
式会社)の技術宣伝が図録にあるが、展覧会全体における同社の立ち位置が掴めず、その割にアピールが強いた
め、どのように見ればいいか、ちょっと困る。

京都国立博物館
 特別展観 国宝 十二天像と密教法会の世界
(1月8日~2月11日)
 東寺で行われている後七日御修法(8日~14日)の時期に合わせて、後七日御修法と灌頂儀礼を取り上げ、院政期
において密教法会の場がいかに構築されたのか、その具体的なイメージを喚起させる資料群を一堂に展示。
 京博蔵、東寺旧蔵の十二天像(国宝)、東寺・五大明王像(国宝、一部)、西大寺・十二天像(国宝、一部)、神護寺十
二天屏風(重文)、聖衆来迎寺十二天像(重文、一部)や、京博の山水屏風(国宝)、高野山水屏風(重文)、醍醐寺山
水屏風(重文)などなど、平安~鎌倉時代の絵画資料の優品がずらり。他、仁和寺や東寺の聖教類や東寺百合文書
(京都府立総合資料館蔵、国宝)からも多数出陳があるほか、神護寺の灌頂暦名(空海筆・国宝)、東寺の弘法大師御
請来目録(最澄筆・国宝)、密教法具、東寺旧蔵の十二天面も。図録あり(148ページ、1700円)。
 京都国立博物館所蔵・寄託品が中心であるが、常設展示がない間にあっては、こうした収蔵品を活用し、かつ研究
員の専門性を十二天に、もとい十二分に発揮した好企画は大変うれしい。

1月20日
葛城市歴史博物館
 特別陳列 當麻曼荼羅完成1250年記念 當麻寺菩薩面と古代の匠のプロフィール
(12月22日~1月20日)
 当麻寺の縁起に、天平宝字7年(763)に作られたと伝えられる、綴織当麻曼荼羅図。その完成1250年の節目に、当
麻寺練供養会式(来迎会)で使用されてきた菩薩面等28面の行道面全てを、一堂に並べて公開する有意義な内容。
 これらの菩薩面は、鎌倉時代~江戸時代のものが混在しており、概ねその制作時期別に固めて展示することで、各
面の比較を容易にする。制作時期自体は、『当麻寺来迎会民俗資料緊急調査報告書』(元興寺仏教民俗資料研究
所、1975年)に依拠し、会場にも同書を置いて閲覧可能とする慎重な態度。仮面群中には、作風の異なるものが混在
しており、制作時期の前後や、作者系統の違いなど、さまざまに解釈が可能で、こうした判断は穏当だと思う。実際に
比較しながら見ていくと、報告書で室町時代とされたものの中に、もう少し遡るかもと思うものもあるが、そうしたことも、
全ての仮面を見られるからであり、このような経験は他に得難い。今後先学の評価を踏まえ、さらに精度を高めていく
作業が必要で、今春の奈良博特別展「当麻寺-極楽浄土へのあこがれ-」にも期待。
 うち、室町時代とされてきた菩薩面の髻部材に、建保3年(1215)銘があることも紹介。仮面とは別材の髻部であるの
で、仮面自体の制作時期を直ちに決定しないが、他の鎌倉時代の仮面に附属する髻とも形状が異なり、当麻寺菩薩
面群成立の複雑さを、改めて感じる。図録なし。 

2月9日
龍谷ミュージアム
 企画展 若狭・多田寺の名宝
(2月9日~4月7日)
 多田寺の歴史と文化を紐解く冊子作りを契機として、寺と学芸員の深い信頼関係のもと、秘仏をも出陳する企画展と
して結実。
 秘仏本尊薬師如来立像、その脇侍として祀られる日光菩薩(十一面観音立像)、月光菩薩(菩薩立像)は、本来三尊
像として造像されたものではないが、どれもが奈良~平安初期に遡る古作で、日本の木彫の歴史を考える上で貴重な
情報を提供する。薬師如来立像は独特の風貌が印象的であるが、体躯の立体表現は元興寺薬師如来立像などと通じ
る正統的なもの。側面、背面も鑑賞できることが、何よりありがたい。菩薩立像は室生寺弥勒菩薩立像にやや通じた
奈良末~平安初期の作例。最も古様を示す十一面観音像は、檀像ではあるが、例えば那智山出土の東博・銅造十一
面観音立像(7c)にも通じるところがある。同展の図録(76ページ、1050円)所収の芝田寿朗「若狭多田寺-地域から
見た諸尊造立の背景-」でも、台座形状なども考慮して7c末~8c初という見解を提示しているのは、重要な指摘。同
論文は、綿密な地域史理解を踏まえて古代多田寺を位置づけ、三尊像の評価に努めており、安易な神仏習合論や印
象論を退けていて、堅実。
 ほか、本堂須弥壇上に安置される平安時代前期の四天王立像は、動きがあって重量感にあふれる。周辺寺院から
移動した仏像群のほか、もと多田寺伝来で、滋賀県・大通寺に移されている 貞治2年(1363)銘の梵鐘、若狭地域の
仏像なども展示。
 龍谷ミュージアムで今年度開催された「仏教の来た道」「“絵解き”ってなあに?」「若狭・多田寺の名宝」は、ここでな
ければ企画されることのなかったテーマばかりである。開館2年にして、大学附属の学術施設として、ミュージアムとし
ての確固たる地位とカラーを築きあげたスタッフのみなさんに、敬意。

2月23日
奈良国立博物館
 特別陳列 お水取り
(2月9日~3月7日)
 東大寺修二会の時期に合わせた、恒例のお水取り展。東新館改修中のため、西新館で。いつもの堂内再現の演示
具はなし。西南院本覚禅鈔(十一面観音法)、奈良博本類秘抄(十一面巻)で秘仏の本尊と小観音のイメージを膨らませ
る。修二会所用具や聖教、古文書類が中心。図録は確認忘れ。なら仏像館で若王子社伝来の薬師如来像をじっくり鑑
賞して、9世紀彫像について考える。知恵熱でる(うそ)。

2月25日
高知県立美術館
 リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝
(1月5日~3月7日)
 講演のため高知県美へ。高知県美は年中無休のため、月曜日であるが鑑賞できてラッキー。ラファエッロ・サンティ
《男の肖像》、アンソニー・ヴァン・ダイク《マリア・デ・タシスの肖像》、ペーテル・パウル・ルーベンス《クララ・セレーナ・ル
ーベンスの肖像》など、見覚えのある名画にであう。図録あり。

3月17日
孝恩寺
 和歌山県立博物館友の会の研修旅行を企画して随行。孝恩寺・観心寺・興善寺と、河内・和泉の仏像をめぐる。
 貝塚市の孝恩寺は浄土宗寺院であるが、近代期に隣接していた観音寺を合併して今日に引き継ぐ。収蔵庫内に林
立する多様な作風の仏像群は、本来一寺だけに伝来したものとは考えにくく、例えば葛城山系(和泉山脈)の麓に点在
した諸寺院の仏像が集約されたような背景があろうか。解説では特に、神護寺薬師如来像に類似する薬師如来立像、
雄偉な造形の弥勒仏坐像(阿弥陀如来坐像)、高い髻と異国風の風貌を持つ跋難陀龍王立像、厳しい表情と整ったプ
ロポーションの十一面観音立像など、9世紀彫像の魅力をじっくりと解説。併せて、伏線として、定朝様式の阿弥陀如
来坐像の特徴にも触れ、平安時代の仏像様式の流れを説明。

観心寺
 河内長野市の観心寺は、空海の弟子実恵によって天長2年(825)に創建、その弟子真紹の申請で承和3年(836)太
政官符により敷地許可、承和10年(843)に河内国守が俗別当となり、伽藍の整備がされた真言密教の重要拠点。宝
物館内で、9世紀彫像のもう一つのムーブメント、密教彫像の魅力をじっくり解説。9世紀半ばごろ造像の伝宝生如来
坐像(弥勒菩薩)、伝弥勒如来坐像(仏眼仏母)が、観心寺勘録縁起資材帳に所載される当初の講堂安置像であり、
曼荼羅図像に忠実に則り、また乾漆盛り上げという技法的特徴があいまって、神秘的かつ官能的と評される独特の作
風が構築されたたことを解説。本尊如意輪観音像については4月17、18日の開帳日をご紹介。ほか、唐時代の聖僧坐
像についても、資材帳所載像の可能性を示す。

興善寺
 岬町の興善寺は、文徳天皇の勅願で円仁による創建と伝承する天台宗寺院。文禄2年(1593)紀伊国守浅野家家臣
白樫三郎兵衛が再興、明暦3年(1657)粉河寺僧専海によって中興され、紀州とも関わりが深い。本尊の胎蔵界大日
如来坐像は像請う288.0㎝の巨像で、当初の巨大な台座も残り、この台座は内々陣床下を大きく掘り窪ませて納置。像
内に保安元年(1120)銘と多数の結縁者名が記される。その脇の釈迦如来坐像(像請う138.9㎝)は、やはり像内銘に
より寛治7年(1093)、仏師経範の作と分かり、また記される結縁者の中には、大日如来坐像と共通する人物もある。さ
らにもう一躯、12世紀の薬師如来坐像が安置。釈迦・薬師についても当初の台座が残る。これら3躯から、定朝様式の
成立とその歴史的意義について、解説。
 以上、河内・和泉の仏像から、平安時代の仏像様式の流れを体験するツアーでしたm(_ _)m。

3月23日
栗東歴史博物館
 小地域展 大橋の歴史と文化
(3月2日~4月14日)
 栗東市大橋地区の古代~現代の歴史を、考古資料、古文書、絵画資料、民俗資料から紹介。仏教美術では、慶崇
寺の明応7年(1498)銘がある方便法身像など。民俗事例では、鰌寿司神事について詳細に紹介。戦中の出征旗等で
昭和史もフォロー。同館らしい総合展示。

大笹原神社
 車で野洲市大笹原を通ったので、ちょっと寄り道。拝観したことがなかった国宝本殿を見ておく。応永21年(1414)、岩
倉城主馬淵定信による建立。村の中心からはずれたところにあって、他に人影もない。600年間、このように静かにた
たずんでいたんだろうなあ、と思わせる風情。滋賀の凄さをひしひしと感じる。

滋賀県立安土城考古博物館
 企画展 蒲生郡の風土と遺宝
(2月23日~4月7日)
 恒例の郡ごとの単位での文化財展観。雪野寺跡出土の塑像片や、竹田神社男神像や伊崎寺不動明王坐像など平
安時代前期~中期の作例、嘉応2年(1170)の福寿寺千手観音立像、文治4年(1188)の西願寺阿弥陀如来坐像など
平安末~鎌倉初の在銘作例のほか、鉈彫りの作例である長福寺阿弥陀如来坐像や銅製の旅庵寺地蔵菩薩坐像など
初見資料が多く、勉強になる。素朴な神像や掛仏などの神仏習合の造形も、地域の信仰の具体像として、考えるところ
が多い。博物館の調査活動で把握した資料を公開し、共有化することは、地域の博物館が果たすべき大きな役割であ
る。宗教文化の表象を、評価の難しいマージナルな領域まで踏み込んで取り上げる同館の「○○郡の風土と遺宝」シリ
ーズは、今後も続けて全県コンプリートしてほしい。図録あり(70ページ、700円)。

今年度訪問した館・寺院等はのべ69ヶ所、鑑賞した展覧会は54本でした。